2014年2月8日土曜日

【第248回】『経営戦略の論理(第4版)』(伊丹敬之、日本経済新聞社、2012年)

 経営戦略を扱う本を一冊だけ選ぶとしたら、私は本書を挙げる。修士論文を執筆する際に戦略に関する書籍として最も参考にしたのは本書であり、通読するのは三度目である。今回、第3版を再読しようとしていたら、第4版が一昨年に出ていたことを知り、後者を読むことにした。

 まず、目標、ありたい姿、戦略といった混在させやすい概念定義を丹念に説明するところから本書は始まる。

 目標は業績などの到達水準としての結果を示し、「ありたい姿」はその結果を生み出すための企業の具体的活動の姿を描くものである。たしかにともに将来の企業の状態を示すものであるが、達成される目標は企業の外からもみえる業績値のようなものであり、「ありたい姿」は企業の内側の事業活動の内容の像である。外の姿としての達成される業績は、あくまで事業活動の結果として生まれるものである。その結果を生み出すには、企業の内側に具体的な事業活動の姿がきちんと存在しなければならない。(中略) 
 孔明が天下三分の計と言った時、それは「天下を三つに分けるような勢力の一つたらんとする」という目標を設定しただけではなかった。蜀の地をその勢力のベースとするというありたい姿があり、またそのためにはまずは呉と連携し、その間に力を蓄えるという変革のシナリオもあった。そして、その変革のシナリオの最初の一歩として、呉軍への「混じり込み」という戦略的第一歩も用意した。 たんに、天下に覇を唱える、天下に有力な勢力となるという目標設定をしただけでなく、それを実現するためのありたい姿としての蜀の建国とそれに至るまでの長江中流域での資源蓄積という変革のシナリオを、孔明は用意していた。(11~12頁)

 「三国志」を少しでもかじった方であれば、思わず膝を叩いて首肯する巧みな例示であり、三つの概念が腑に落ちることだろう。概念を切り分けることを目的にし、汲々とすることには意味がない。それは言葉遊びに過ぎないだろう。しかし、自社や自部門の戦略を理解し、社員が一つの方向に向けて高いモティベーションを持って働くためには、三つの概念を分けて理解する必要があるだろう。天下の三分の一を占める地位に立つという目標だけでは具体的なイメージは湧かない。それを実現した姿として蜀を拠点とするということになればイメージは湧くが、そのために何をするかは分からず行動に移せない。反対に、呉軍に混じって魏との戦いに勝つという最初の一歩だけを示されても、その後に続く将来像が明確でなければ意欲も出ないだろう。三つの概念を使い分け、それぞれを合わせてストーリーとして語ることによって、方向付けと高いモティベーションを導くことができるのである。

 自分がある仕事をすれば、その仕事にからんだ学習を自分がすることになる。他人にその仕事を任せれば、他人が学習する。その学習の成果という資源蓄積が、将来の競争力の源泉になりうる。そして、ビジネスシステムの設計は、自社の人たちがどんな仕事を実際に自分で行い、どんな仕事を他人に任せるか、という分業のあり方を決めているのだから、その設計は自分たちはなにを学習することにするのかという決定にもなっているのである。 
 このように、ビジネスシステムは現在の競争力だけでなく将来の競争力の源泉をも決めかねない。だからこそ、ビジネスシステム設計は戦略的な重要性をもっているのである。(42頁)

 戦略と資源との関係性を述べている点である。「組織は戦略に従う」と言ったり、「戦略は組織に従う」と言ったり、戦略と資源とはどちらかに向かうような矢印の関係として捉えられる。しかし、著者によれば、戦略は人をはじめとしたどのような資源をどのように蓄積させるかに影響し、資源の蓄積によって将来の戦略を規定するという双方向の矢印を指摘している。それほど、戦略が資源に影響を与える重要なものであるとともに、人をはじめとした資源の蓄積と学習についてケアする必要があるということであろう。

 ではどのようにして資源獲得をデザインするのか。著者は、資源と戦略との適合に着目して論理を展開する。まずは顧客のターゲティングについて。

 この種の波及効果が、じつはターゲットを狭く絞ることから大きな成果が生まれる、最大の原因である。「絞り込むから、広がりが生まれる」、とでも表現すべき、一種逆説的な現象である。 その波及効果の源泉は、見えざる資産である。 狭いターゲットなら、まずは成功しやすい。企業の側の戦略もシャープなものになりやすいし、資源集中もしやすいからである。(86頁)

 顧客に対する戦略と資源の適合に関して、ターゲット顧客を狭く絞ることの効用を述べている。絞り込んだ顧客に対して資源を集中することで学習のスピードを上げる。スピードが上がるために仮説検証を何度も回すことで成功の確度を上げる。成功を続けて顧客からの学習効果が高まることで、翻って提供価値の抽象化と発展・応用がすすむのである。

 次に、資源蓄積によって戦略構想をドライブするものとして、以下の三点を端的に指摘している。(200頁)

(1)本質の妥協なき追求 
(2)自分たちの蓄積の正確な認識 
(3)夢のある構想力

 自社のコア・コンピタンスとなり得る本質を追求することで、学習効果が高まる。学習が進む過程で、自分たちが何を学習しているか、どのような資源を蓄積しているかをモニタリングする。こうしたプロセスを淡々とすすめるのではなく、ホンダのF1参戦という目標が同社の自動車事業を推進したように、夢のある構想力が資源蓄積の推進力を上げる。

 戦略の内容策定と実行とを二分して考える、という二分法の考え方が一般的なのである。しかし私は、現場の人間の心理への配慮は、実行段階で考えればよい、というような軽いものではないと思う。戦略の内容そのものが人々にどんな心理的インパクトを与えられるかを、戦略の策定の段階で深く考えるべきだと思う。(中略) 
 人間の心理への配慮は、実行プロセスでのインセンティブや気配りなどですれば十分、という考え方はもったいない、とも私は思う。なぜなら、戦略が人々の仕事の内容を変えて、その仕事をすることで人の心が動く時、そこから生まれるエネルギーは仕事をする人自身がつくりだしている。いわば、自己生産的である。一方、インセンティブや気配りから生まれる心理的インパクトは、いわば他者(インセンティブを与える人、気配りをしてくれる人)からのエネルギー注入である。だから、インセンティブがなくなれば、その心理的インパクトは終わってしまう。 
 しかし、仕事の内容が生み出す自己生産的エネルギーは仕事の緊張や楽しさが生み出すエネルギーである。仕事をやっている限り、減衰することはありうるものの、エネルギーの供給源はいつまでもそこに存在し続けるのである。だから、長続きする。その自己生産的で長続きしやすいエネルギーをきちんと認識して使わないのは、もったいない。(261~263頁)

 戦略を実行するのは人間である。心のある人間であるからこそ、結果オーライということではなく、実行プロセスを事前に組み込むことが重要である。その際に、どのように人材が学習できるか、学習の蓄積をどのように活用できるか、その活用をいかに戦略の実現に繋げるか、といったことをデザインすることだ。


0 件のコメント:

コメントを投稿