2012年2月12日日曜日

【第70回】『イノベーションのジレンマ』(クレイトン・クリステンセン、翔泳社、2001年)


 名著というものは読むたびに新しい気づきのある、噛めば噛むほど味の出る書物のことを言うのであろう。本書を最初に熟読したのは学部三年の時分であり、今から十年以上も前のことになる。その後も何度か目を通してきたのであるが、改めて通読してみると、これまで読み落していたこと、また失念してしまっていたことがあまりに多く、驚かされた。

 本書の特筆すべき点は、技術領域のイノベーションを持続的技術と破壊的技術とに切り分けて捉え、後者が前者を駆逐してきた歴史を可視化した点であろう。持続的技術とは、既存の技術の延長線上にある製品の性能の向上を為すものである。他方、破壊的技術とは既存の技術を使わない新たな顧客層を創り出し、そこから既存市場へと浸食するという技術である。実績ある優良企業は、持続的技術の進展に成功する一方で、破壊的技術の取り扱いに失敗するという一貫したパターンが歴史上数多く見られてきた。それを著者は六つのステップとして、いわば「敗北の方程式」として描き出している。

 第一のステップとして、これがまさに驚く点であるが、破壊的技術は既存企業で開発されるという。しかし、破壊的技術は上層部の指示で開発されることは稀であるためにその多くは陽の目を見ることがほとんどない。ジョブズがゼロックス社のパロアルト研究所で「見た」ものは破壊的技術であり、なぜそれらを製品開発に活かせなかったかは、それが破壊的技術であったからである。

 ではなぜ優良企業において破壊的技術は陽の目を見ないのであろうか。その答えが第二のステップにある。つまり、マーケティング担当者が主要顧客に意見を求める、という構造そのものに原因がある。持続的技術がこれまでの顧客のニーズを満たした上での性能向上であるのに対して、破壊的技術は既存の顧客のニーズとは関係がないものである。したがって、既存の主要顧客に意見を求める時点で、破壊的技術の可能性はないものと判断される運命にあると言えるだろう。

 その結果、第三のステップとして、優良企業は持続的技術の開発速度を上げることになる。これは優良企業にとって短期的には合理的な判断と言わざるを得ない。なぜなら、自社にとっての売り上げの大半を占める主要顧客からの要求なのであり、売上の向上が約束されているものだからである。

 優良企業が全社的な意思決定として持続的技術の向上に目を向けるようになると、破壊的技術を産み出した人間としては面白くない。そこで第四のステップとして、そうした人材が一見して競合とは思えない他社へと移転したり、自ら起業して破壊的技術を世に送り出すこととなる。しかし、第二のステップにあるように破壊的技術は既存の顧客に受け容れられるものではないために、新しい顧客を見つける必要がある。むろん、その過程でスタートアップできずに失敗に終わるものも数知れないであろうが、その中のほんの一部が従来とは異なる顧客に受け容れられる新市場が細々と形成される。

 新市場の売上規模は当初小さい。したがって、破壊的技術を担う企業からすれば、少しの売上向上を実現することで成功と見做される。他方で、優良企業からはその新市場がどのように映るか。売上規模が明らかに大きい優良企業からすると、新市場での売上の少しの向上などは評価するに値しないものとなるであろう。優良企業ともなると市場からのプレッシャーもかかるわけであり、そうした新市場にリソースを投入することは合理的な判断とは言えないのである。これが上位市場から下位市場を見た場合の反応であるのに対して、新市場である下位市場から上位市場を見た場合には上位市場は極めて魅力を感じるものとなるだろう。その結果、第五のステップとして、破壊的技術とともに新市場を開拓している企業は上位市場へと移行を開始するようになる。

 破壊的技術とは、既存の技術と既存の使用スペックで比較すると劣位にあることがほとんどである。しかしその結果、安価でシンプルなものを提供できる。したがって、下位市場が上位市場へと食い込み始めた後には、破壊的技術の方に価格優位性が伴う。一方で持続的技術には価格劣位とともに顧客の要求水準をも超えたものを提供する傾向があり、その結果として顧客は次第に割高感をおぼえるようになる。その結果として、顧客が破壊的技術へと乗り換え始める。そうすると第六のステップとして優良企業は破壊的技術を取り扱う部署を設けたり、ベンチャーを買収することで破壊的技術を用いようとするが、時流に乗り遅れて衰退してしまう。

 以上の六つのプロセスは外部環境への適応に関するものである。一方で、本書では企業の内部環境へも目が当てられている。技術を取り扱う上で組織として対応できることとできないことは、資源、プロセス、価値基準の三つの要因によって決まるという。資源とはいわゆる「ヒト・モノ・カネ」であり、プロセスとは組織内における相互作用、協調、コミュニケーションや意思決定のパターンであり、価値基準とは組織の優先順位を決めるときの基準である。

 著者によれば、ここでのポイントは、組織の保有する能力が人材という資源にある場合は、新しい問題に変化することは比較的簡単であるという。人材の保有する知識や能力を向上させることで対応可能であろうし、もっとドラスティックな対応としては適切な人材を外部からつれてくるという対応も可能であろう。しかし、能力がプロセスや価値基準の中に埋め込まれることが通常であり、それが組織風土に組み込まれると変化は極めて難しくなる。

 破壊的技術に対応するためには、こうした外的環境と内的環境とを整合させることが必要である。その答えを出すことは難解であるし、それは状況によって異なると言わざるを得ず、画一的な正解は存在しない。したがって、私たちはまず上記のようなポイントをもとに自社と環境、そしてそれらの適合性について常にチェックすることが必要であろう。


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