2013年5月18日土曜日

【第158回】『堕落論』(坂口安吾、青空文庫、1947年)

 「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という葉隠を皮切りに、武士道とは神聖で侵し難い雰囲気を持った美徳のように扱われることが現代でも多い。現代でそうである以上、戦中においては比較にならないほどであったことは想像に難くないだろう。しかし、著者は、戦後すぐの1947年に出版された本書において、武士道を「人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった」と喝破した。時代背景を考えれば非常な勇気を要する主張であろうし、そうであるが故に多くの<日本人>に対していわば許しを与える主張であったのではないだろうか。

 武士道が体現されたとも言える戦陣訓において、私たちの父祖は「生きて虜囚の辱を受けず」という戒めを受けて戦地へ赴いた。この戒めを墨守して、玉砕戦法に従ったり、刃折れ矢尽きるまで戦って自死した方がいたことは事実であろう。ただ、多くの<普通>の<日本人>はそうでなかったということもまた、歴史社会学が明らかにしてきた近現代史における史実である。後者のような人間の持つ本質的な弱さを充分に知悉していたが故に、神聖であると言えば聞こえはよいが、非人間的であり非人性的な性質をも有する武士道は創造されたと著者は主張する。戦場における人間の弱さをコントロールするという極めてプラクティカルなロジックを持つ機能として武士道は創られたのであった。

 こうしたドロドロとした人間らしさを隠すことを<日本人>は歴史の中で繰り返し行ってきたと著者は主張し、武士道に続けて天皇制を挙げている。「靖国神社の下を電車が曲るたびに頭を下げさせられる馬鹿らしさには閉口した」という舌鋒の鋭さには恐れ入るが、今でも靖国神社を神格化する言説は多い。靖国信仰を一つの表象とした天皇制に対する非人間的な禁忌のしくみの裏側には、<日本人>が自分自身のものとして目を向けたくなかった権謀術数が垣間見えると著者は述べる。つまり、天皇制を設け、天皇の近くにいることが権力を持っているという暗黙の了解を創り上げることで、<日本人>は自身の権力欲求を隠してきたのである。

 ユング派の心理学者であった故・河合隼雄は同じような趣旨のことを「中空理論」と読んだ。大統領を中心として制度ができあがり、大統領という中心にある存在自身が権力を握るアメリカをはじめとした西洋諸国における権力機構のあり方と対比して、日本は中心が空であると指摘したのである。すなわち、天皇という中心にいる存在が権力を保持するのではなく、天皇という中心に近い天皇「以外」の存在が天皇の権力を代替するというレトリックを用いて、代替者が実質的な権能を持つというしくみを<日本人>は築いてきた。さらに言えば、現代もそうした土壌から離れていない。人間的な本質を理解した上で、それを排除するために非人間的である禁止事項を設ける、という点で武士道と天皇制は共通する。こうしたロジックの形式を<日本人>は好んで用いてきたものであり、戦前と戦後とでそうした人間性は変わったわけではないと著者は主張する。

 さらにいえば、「もはや戦後ではない」と経済白書で謳われてから半世紀以上が経つ現代においても、<日本人>の本性は変わらないのかもしれない。そうであればこそ、著者が後半で述べている「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」という示唆が含意するところは重たい。なにか問題が起きた時に、表面的な事象を糊塗するように対処するのではなく、自分自身の裏側に流れる人間的な直面すること。そこからしか本質的な変容はなし得ない。ともすると他者からの安易な救いを求めてしまう私たちにとって、「政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」という本書の最後のセンテンスを私たちはよく噛み締めることが大事であろう。


『臨済録』(入矢義高訳注、岩波文庫、1989年)
『善の研究』(西田幾多郎)
『気流の鳴る音』(真木悠介、筑摩書房、2003年)

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