2016年11月23日水曜日

【第647回】『夜明け前 第一部 上』(島崎藤村、青空文庫、1932年)

 江戸末期における人々の暮らしが丹念に描写されている。司馬遼太郎が描く幕末もいいが、人々の生活とその中での迷いや不安が描かれているのもまた、興味深いものだ。

 「でも、世の中は妙なものじゃないか。名古屋の殿様のために、お勝手向きのお世話でもしてあげれば、苗字帯刀御免ということになる。三十年この街道の世話をしても、だれも御苦労とも言い手がない。このおれにとっては、目に見えない街道の世話の方がどれほど骨が折れたか知れないがなあ。」(kindle ver No.588)

 時代は異なっても、働いていると、時にこうした感覚を持つことがある。目立って結果が出やすい仕事を羨ましく思い、自分にはなかなか結果が出ず目立ちづらい仕事ばかりがアサインされているように思えるものなのかもしれない。しかし、そうしたものに意義を感じることが、自分自身でモティベーションを担保する大事なマインドセットなのではないだろうか。

 「自分は独学で、そして固陋だ。もとよりこんな山の中にいて見聞も寡い。どうかして自分のようなものでも、もっと学びたい。」(kindle ver No.669)


 学びのソースが多く、開かれた学びが実現されている現代からは想像しづらい状況であるが、これが江戸時代における地方都市の現実である。このような中で四書五経から、国学まで学び続ける主人公の意識に頭が下がる。


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