2018年3月21日水曜日

【第819回】『ファスト&スロー(上)』(ダニエル・カーネマン、村井章子訳、早川書房、2012年)


 本書で対比的に述べられている私たちの二つの思考は、本書の原題「Thinking, Fast and Slow」に端的に現れている。つまり、瞬間的に意思決定を下す迅速な思考と、時間をかけて考えた上で意思決定を下すゆっくりとした思考とである。

 本書では、前者がシステム1として、後者がシステム2と呼称されている。いかに私たちの日々の思考がシステム1によって為されているか、またシステム2と思っている判断がシステム1に影響を受けているかが詳らかにされ様は見事だ。

 私たちは、情報を取捨選択し、多様な選択肢を見据え、よく考えた上で意思決定を下すことが多いと思いがちだ。しかし、このようなシステム2よりもシステム1の影響が大きいという本書の指摘は新鮮であり面白い。単に興味深いだけではなく、人事に携わる身として、身につまされる箇所が随所にある。

 あるタスクに習熟するにつれて、必要とするエネルギーは減っていく。脳に関する多くの研究から、何らかの行動に伴う脳の活動パターンは、スキルの向上とともに変化し、活性化される脳の領域が減っていくことがわかっている。(54頁)

 この点は、業務への習熟とそれに伴う成長の鈍化として読み解けるだろう。当初はシステム2が作動していた業務であっても、時間の経過とともに習熟すればシステム1が作動する業務へと変容する。特定の業務に習熟すると、仕事が迅速かつ正確に進み、達成感や心地よさを感じるものだ。しかし、それが自身の成長や、可能性の開発に繋がるわけではない。いかにして、業務の効率性の追求と新しいチャレンジの付与とのバランスを取るか、が職務のアサインメントおよび個人のディベロップメント上の課題である。

 バイアスを自分の力でコントロールする可能性に関して、私はおおむね悲観的なのだが、この利用可能性バイアスは例外である。というのも、バイアスを排除する機会が存在するからだ。たとえば報酬を分け合う場合などは、露骨にちがいが出るため、複数の人が「自分の貢献は適切に評価されていない」と感じると、チーム内で軋轢が起きやすい。そんなときには、各自の自己評価に従ったら貢献度の合計が一〇〇%以上になってしまうことを示すだけで、問題が解消することがよくある。あなたはもしかすると、自分に配分された報酬以上の貢献をしたのかもしれない。だがあなたがそう感じているときは、チームのメンバー全員も同じ思いをしている可能性が高い。(194~195頁)

 マネジメント研修でぜひ伝えたい考え方である。メンバーは不満を抱くことが多いし、それはメンバーとしての自身の経験からもそう思える。自分自身の貢献を個人の視点から高く捉えるということは、相対的に他者の貢献度合いを低く見積もっているということである。となると、モティベーション理論の公平理論に照らせば、自身の貢献に対して報酬が不当に低いという不満を抱くことになるのではないか。引用箇所で述べられている通り、メンバー全員に特定のプロジェクトの貢献度合いを評価してもらい、その結果を匿名で全員にシェアして納得してもらう、ということを行うのが効果的なのでは思うが、いかがだろうか。

 代表性は、システム1による日常モニタリングの結果と密接に関連づけられている。最も代表的に見える結果と人物描写が結びつくと、文句なしにつじつまの合ったストーリーができ上がる。つじつまの合うストーリーの大半は、必ずしも最も起こりやすいわけではないが、もっともらしくは見える。そしてよく注意していないと、一貫性、もっともらしさ、起こりやすさ(確率)の概念は簡単に混同してしまう。(234頁)

 いやはや、採用、昇進・昇格、異動、といった場面で留意しなければならないポイントである。人事的な意味合いで、特定の社員を評価しなければならない情況は時にある。限られた情報の中でいかに評価内容を形成するか。非常に重たいテーマであるが、謙虚に自分の意見を創り上げる必要があるのではないか、と思った。

【第821回】『ファスト&スロー(下)』(ダニエル・カーネマン、村井章子訳、早川書房、2012年)
【第701回】『人事評価の総合科学【2回目】』(高橋潔、白桃書房、2010年)
【第425回】『人事評価の「曖昧」と「納得」』(江夏幾多郎、NHK出版、2014年)
【第729回】『人材開発研究大全』<第3部 管理職育成の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第713回】『ワーク・ルールズ!(2回目)』(ラズロ・ボック、鬼澤忍・矢羽野薫訳、東洋経済新報社、2015年)

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