2018年12月30日日曜日

【第917回】『ハイデガー=存在神秘の哲学』(古東哲明、講談社、2002年)


 哲学書は難しい。とにかく読み解くのに時間が掛かるし、おおよそ理解できない。ハイデガーの著作も同様である。解説書でさえ、難渋する。『ニーチェが京都に~』で興味を持って本書を読んでみたが、面白く読めるところもあれば、理解できない箇所もあった。

 哲学書はなぜ難しいのか。正確に言えば、哲学者はなぜ難しく語るのか。その理由は、端的に以下の箇所に表れている。

 ハイデガーはひたすら道を開き、その新しい道をたどるよう、ぼくたち読者を喚起した。(中略)道を開き、歩くようほどこすのが哲学の仕事。だが、道は自分で歩め。まっ暗なトンネルをぬけると、そこは雪国。一面の銀世界がまっている。道をたどりトンネルをぬければ、どなたもそこへゆきつく。だから、ほこらしげに雪国のすばらしさを語る必要もない。そんなことより、まっ暗なトンネルをぬける勇気をあたえ、むこうへわたる道をつくり、道標を立て、そこへいざなうこと。それが、ハイデガーの執筆や講義のスタイルなのである。根っからの教師、あるいは導師だといえよう。(65~66頁)

 おそらく、私たちは、簡単なことや易しいものを求めすぎているのかもしれない。理解できないもの、解釈が難解なものは、時間やコストが掛かるものであり良い存在ではないと看做してしまう。

 しかし、果たしてこうしたマインドセットで臨むことが望ましいのか、と著者はハイデガーに引きつけて警句を述べている。この箇所を読み、私は考え込んでしまった。分からないことは気持ち悪い、しかし結果的に分からなかったとしても分かろうと努める営為の中にこそ、学びはあるのではないか。哲学書をはじめとした「難しい」書籍の存在価値は、読むという過程の中にあるのかもしれない。

【第908回】『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』(原田まりる、ダイヤモンド社、2016年)
【第891回】『誰にもわかるハイデガー』(筒井康隆、河出書房新社、2018年)
【第419回】『今こそアーレントを読み直す』(仲正昌樹、講談社、2009年)

2018年12月29日土曜日

【第916回】『花神(下)』(司馬遼太郎、新潮社、1976年)


 大村益次郎という人物は、教科書にも出てこないし、幕末を描く歴史ドラマでも端役に近い描かれ方をする。戊辰戦争で東進して江戸城無血開城を成し遂げたのは西郷隆盛であり、その後はなし崩し的に官軍が勝利したかのように私たちは理解してしまう。NHK大河ドラマ「西郷どん」でも、益次郎は無血開城後のワンシーンで数秒後に登場しただけである。

 しかし、倒幕軍の総司令官としての益次郎が存在しなかったらどうなっていたのであろうか、と本書を読むと思わざるを得ない。よく言われているように、鳥羽・伏見においても幕府軍の勢力は官軍より大きく優位であったし、無血開城がなければ江戸における勢力図も怪しかった。

 したがって、無血開城以後においても幕府軍が盛り返す可能性は潜在的に高く、徳川幕府に近かった会津や奥羽の諸藩との闘いは予断を許さなかったのである。そうした状態の中で、江戸と離れた官軍の本拠地である京都とも連携を取りながら戦略を練った益次郎の力量に拠るところは大きい。

 それほどの人物がなぜ目立つことなく人生を終えたのか。暗殺による突然の死もその原因の一つであろうが、仕事への取り組み姿勢にあったようだ。

 ある仕事にとりつかれた人間というのは、ナマ身の哀歓など結果からみれば無きにひとしく、つまり自分自身を機能化して自分がどこかへ失せ、その死後痕跡としてやっと残るのは仕事ばかりということが多い。その仕事というのも芸術家の場合ならまだカタチとして残る可能性が多少あるが、蔵六のように時間的に持続している組織のなかに存在した人間というのは、その仕事を巨細にふりかえってもどこに蔵六が存在したかということの見分けがつきにくい。(542頁)

 著者が「あとがき」で述べているこの箇所を読むと、仕事への取り組みとはどのようにあるべきかを考えさせられる。適切なマインドセットで、目の前の仕事に取り組み続けること。大村益次郎という人物から、現代を生きる私たちが学ぶことは多いのではないだろうか。

【第320回】『世に棲む日日(一)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第321回】『世に棲む日日(二)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第322回】『世に棲む日日(三)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第323回】『世に棲む日日(四)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)

2018年12月23日日曜日

【第915回】『老子の教え』(安冨歩、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年)


 著者といえば論語だと勝手に思っていた。『超訳論語』は面白かったし、『ドラッカーと論語』も卓抜で何度も読み直している。そんな著者が老子を扱うというのは意外な感があったが、『超訳論語』のようなテーストの書籍である。大胆な意訳や編集がありながら、本筋を押さえて著者の考えを押し出している意欲作である。

あなたが何かにおびえているとしたら、
それはただ、ものごとの名におびえているだけではないだろうか。
あなた自身が作り出した名に、おびえているだけではないだろうか。
そのことを理解すれば、
あなたは、意味のわからぬ不安から解放されるはずだ。(21頁)

 現象を名付けることでこぼれ落ちる何かがある。老子は名前をつけ、言葉で表現することの限界を繰り返し述べているが、その内容を踏まえているのがこの引用部分である。さらに、ここでの不安は、安定思考を否定する以下の引用箇所にもつながる。

確かなものにしがみつこうとするから、
確かなものに頼ろうとするから、
あなたは不安になってしまう。

あなたには、そのあやうさを生きる力が、与えられているというのに。(23頁)

 私たちは安定を求め、「確かなもの」を見出そうとするために不安を抱く。ある程度の安定はたしかに重要であろうが、それを過度に求め、安定に依存することは、翻って私たちを縛ってしまう。それはあたかも疎外状況である。

 では私たちに求められる態度はどのようなものか。著者は「世界をありのままに見る」ことを指摘する。

冷静さとは、根源に帰るものとして世界を見ることである。
根源に帰るとは、世界をありのままに見ることである。
ありのままの世界を知ることを、「明晰」という。
ありのままの世界を知らぬことを、「迷妄」という。
迷妄は凶悪な事態に帰結する。

ありのままの世界を知れば、寛容になる。
寛容であれば、公平になる。
公平であれば、王たるにふさわしい。(71頁)

 最後の王云々というくだりは、老子の中で時折現れる唐突感のある言葉であるが、ここでは気にしないこととする。ただただありのままに世界を眺めるという態度はすごい。ありのままに見るということは価値判断を下さないということであるから、他者に対して社会に対して寛容でいられるのであろう。


2018年12月22日土曜日

【第914回】『アンダーグラウンド』(村上春樹、講談社、1999年)


 1995年の地下鉄サリン事件で被害に遭われた方々およびその遺族の方々に著者が丹念にインタビューを重ねたノンフィクション。小説とも、随筆とも異なる、著者の筆致に惹きつけられる。

 1995年3月20日は、多くの人々にとって「見分けのつかない、人生の中のただの一日だった」(32頁)はずの一日であり、それは被害者や遺族の方々にとっても同様である。連休の狭間の通勤時に、都内の「アンダーグラウンド」で何が起きたのか。インタビューを通じて著者が紡いだ仮説は、発生して二十年以上が経つ現代社会においても、重くのしかかるものである。

 私たちがこの不幸な事件から真に何かを学びとろうとするなら、そこで起こったことをもう一度別の角度から、別のやり方で、しっかりと洗いなおさなくてはいけない時期にきているのではないのだろうか。「オウムは悪だ」というのはた易いだろう。また「悪と正気とは別だ」というのも論理自体としてはた易いだろう。しかしどれだけそれらの論が正面からぶつかりあっても、それによって<乗合馬車的コンセンサス>の呪縛を解くのはおそらくむずかしいのではないか。(739頁)

 オウム=悪をあちら側に置き、一般市民=善をこちら側とを対比的に論じようとしたメディアの構図を著者は否定的に捉える。正しいか誤っているかの話ではなく、こうした構図で描くことによってこぼれ落ちるものを危惧しているのである。こうした二項対立によって何を私たちは見落としてしまうのか。

 ひとつの鏡の中の像は、もうひとつのそれに比べて暗く、ひどく歪んでいる。凸と凹が入れ替わり、正と負が入れ替わり、光と影が入れ替わっている。しかしその暗さと歪みをいったん取り去ってしまえば、そこに映し出されている二つの像は不思議に相似したところがあり、いくつかの部分では呼応しあっているようにさえ見える。それはある意味では、我々が直視することを避け、意識的に、あるいは無意識的に現実というフェイズから排除し続けている、自分自身のうちなる影の部分(アンダーグラウンド)ではないか。私たちがこの地下鉄サリン事件に関して心のどこかで味わい続けている「後味の悪さ」は、実はそこから音もなく湧き出ているものではないのだろうか?(744頁)

 私たちは、あちら側とこちら側に分けることで、その構造を創り出しているものを包み隠そうと無意識にしているのかもしれない。反対にいえば、包み隠そうとして隠せなかったものを暴き出したオウム真理教、および彼らが起こした事件に対して、「後味の悪さ」を感じるのであろう。オウムを排除してこちら側を守ろうとするのは、「私たちの属する「こちら側」のシステムの構造的な敗退」(766頁)を見えないようにするためだったのであろうか。

 では「「こちら側」のシステム」が守ろうとしていたものは何か。

 私が深く危機感を感じるのは、当日に発生した数多くの過失の原因や責任や、それに至った経緯や、またそれらの過失によって引き起こされた結果の実態が、いまだに情報として一般に向けて充分に公開されていないという事実である。言い換えれば「過失を外に向かって明確にしたがらない」日本の組織の体質である。「身内の恥はさらさない」というわけだ。その結果、そこにあるはずの情報の多くは「裁判中だから」とか、「公務中のできごとなので」というわかったようなわからないような理由で、取材を大幅に制限される。(769頁)

 まず社会システムについては、『ねじまき鳥クロニクル』を書く際にノモンハンを調べた著者ならではの、旧日本陸軍に典型的に現れた「閉塞的、責任回避型の社会体質」(770頁)が挙げられる。

 たしかに、戦争が終わって半世紀以上が優に経ち、技術も考えられないほどに進展した。環境の変化に合わせて日本人も、日本の組織も変わった…はずである。しかし、日本人も、日本の組織も、必ずしも変わらない側面を持ち続けているのかもしれない。それは否定するものでも肯定するものでもないが、私たちが見たくない「不都合な真実」とでも呼べるものなのかもしれない。そうした「不都合な真実」が地下鉄サリン事件で顕在化したため、私たちは「後味の悪さ」を感じながら、あちら側を否定しこちら側を肯定しようと躍起になったのだろう。

 組織レベルだけではなく、個人レベルでも私たちが隠そうとしたものがあるとして、著者は以下のように述べる。

 私が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の中で「やみくろ」たちを描くことによって、小説的に表出したかったのは、おそらくは私たちの内にある根源的な「恐怖」のひとつのかたちなのだと思う。私たちの意識のアンダーグラウンドが、あるいは集団記憶としてのシンボリックに記憶しているかもしれない、純粋に危険なものたちの姿なのだ。そしてその闇の奥に潜んだ「歪められた」ものたちが、その姿のかりそめの実現を通して、生身の私たちに及ぼすかもしれない意識の波動なのだ。(774頁)

 集団記憶として持っている恐怖というのが著者の仮説的な結論であるが、いかがであろうか。

【第896回】『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』(村上春樹、新潮社、2017年)
【第897回】『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』(村上春樹、新潮社、2017年)
【第802回】『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹、新潮社、2005年)
【第791回】『1Q84 BOOK1』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第792回】『1Q84 BOOK2』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第793回】『1Q84 BOOK3』(村上春樹、新潮社、2010年)

2018年12月16日日曜日

【第913回】『花神(中)』(司馬遼太郎、新潮社、1976年)


 中巻では、攘夷を至上命題とする革命勢力と化した長州藩の藩士として活動を本格化させ、反幕戦争に至るまでが描かれる。攘夷という思想が持つ排外的な側面を現代において理解することは極めて難しいが、なぜ天皇という存在を中心として社会への変革を目指したのかは興味深い。

 反幕攘夷家たちは、日本の中心を天皇という、単に神聖なだけの無権力の存在に置こうとした。天皇を中心におきたいというこの一大幻想によってのみ幕藩体制を一瞬に否定し去る論理が成立しえたし、それによってさらには一君万民という四民平等の思想も、エネルギーとして成立することができた。(15~16頁)

 権力の主体を替えることにより身分制度の一新を狙う。国民皆兵を先取りするかのように、武士階級以外の戦闘能力化を先んじて行った長州藩の発想の基底には、身分制度の打破があったという著者の捉え方は納得的である。

 蔵六のいう、
「正義をあまねく及ぼす戦いである」
 ということが、兵士たちにも徹底していた。長州藩でいう正義とは、革命と同義語である。長州藩はすでに藩内においても庶民軍をもって上士軍を圧倒し、藩内革命を遂げたが、その成果を他藩に及ぼそうという意識がつよかった。(508頁)

 他藩からすれば余計なお世話と思えるような発想ではある。しかし、こうした思想のレベルで熱狂している集団の持つエネルギーの強さとも言えるのかもしれない。

【第320回】『世に棲む日日(一)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第321回】『世に棲む日日(二)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第322回】『世に棲む日日(三)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第323回】『世に棲む日日(四)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)

2018年12月15日土曜日

【第912回】『武田信玄 山の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)


 最終巻では、京都への上洛への意志と、労咳による自らの生命の限界への諦念という、信玄の内なる闘いが展開される。多くの方がご存知の通り、上洛の途上で再び労咳が悪化し、信玄の悲願は叶わず生涯を終えることとなる。

 本書の最終盤を読むと、病気に勝てず信玄は天下を取れなかった、という以前の認識を改めさせられた。もちろん、小説である以上、著者の自由な発想による仮説に基づいた主張ではあるだろうが、納得感のある論旨ではある。

 信長が金を武器として使ったことによって、朝倉義景は変節し、そのために武田信玄の西上作戦は頓挫した。(498頁)

 信玄との直接対決を遅らせるために、信玄の背後をつき得る勢力を懐柔する。この時間を買う戦略が、信玄の病気とも相まって奏功し、信玄の野望は潰えた。

 たしかに信玄は天下を取れなかったが、その最後の戦で大敗を与えた徳川家康が、信玄の治世を学び、江戸幕府の長きに渡る政治に活かしたと言われる。天下に覇を唱えられたなかったが、信玄の遺したものは大きかったのであろう。

【第906回】『武田信玄 風の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)
【第907回】『武田信玄 林の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)

【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)
【第814回】『孤高の人(上)』(新田次郎、新潮社、1973年)
【第816回】『孤高の人(下)』(新田次郎、新潮社、1973年)

2018年12月9日日曜日

【第911回】『花神(上)』(司馬遼太郎、新潮社、1976年)


 幕末の長州に生まれ稀代の軍略家と言われた大村益次郎。一介の村医者が、人との出会いを通じて場所や役割を変化し続け自身の本分を見出していく様は、天職を創り込んでいくような過程のように受け取れる。

 益次郎の医者として、とりわけ蘭医としての師匠は適塾の緒方洪庵である。勉学に励み、適塾の塾頭にまでなった益次郎にとって、緒方洪庵から受けた影響は大きいのだろう。となれば、緒方洪庵がどのような人物であったかが、益次郎の人間性の主要な一部を形成したと考えられる。

 なぜ洪庵が医者を志したかというと、その動機はかれの十二歳のとき、備中の地にコレラがすさまじい勢いで流行し、人がうそのようにころころと死んだ。(中略)洪庵はこの惨状をみてぜひ医者になって人をすくおうと志したという。その動機が栄達志願ではなく、人間愛によるものであった点、この当時の日本の精神風土から考えると、ちょっとめずらしい。(24~25頁)

 自身の立身出世のためではなく、他者を救うために医者を志した緒方洪庵の志は、益次郎にも影響を与えたのだろう。のちに宇和島藩から長州藩へと藩替えをする際には、現代でいうところの役職や給与の大幅なダウンであったが、信頼する桂小五郎を信じて不平も言わずに受け入れている。

 こうした他者のためという意識は、目的のためには手段を変えることを厭わない益次郎のマインドセットにも繋がっているようだ。著者自身が、「筆者は、村田蔵六をとおして日本人を考えようとしているのかもしれない」(405頁)と述べているように、そのような精神性は<日本人>という大きなものにも繋がる可能性がある。技術を手段として捉える考え方について、やや長いが以下に引用する。

「才」
 とは、日本にあってはあくまでも右の意味での道具であった。儒教を「才」とした千数百年のあいだも、べつに冠婚葬祭という生活思想や習慣までシナ式になったわけではなく、シナ人そのものになったわけではない。単に道具であったために、
「漢才はもう古い」
 ということになったとき、古いスキでもすてるような愛着のなさで捨ててしまったのである。
「これからは蘭才の時代である」
 というようになって、蔵六らは大いに時代の需要のなかでときめいたが、しかしそのときめきのなかで、
「そろそろ蘭才は古道具になってしまったのではないか、これからは英才ではないか」
 ということが、蔵六ら蘭学者自身、みずからの持ち学問の時代における鋭利さにうたがいを感ずるところから、早くもささやかれはじめた。道具の新旧感覚であった。(405~406頁)

 さらに意識を新たにしたのは攘夷という当時の思想についてである。生まれ故郷であり、最終的にその藩士として活動する益次郎も攘夷主義を抱いている。蘭医であり、外国人との交流も行なっていた益次郎のこうした主義思想には意外な思いを持っていたが、以下のような攘夷主義の捉え方であれば頭では理解可能な部分もある。

 人の主義は気質によるものだが、蔵六にとってもこの攘夷という気分は生来のものであった。その固有の気分の上に、かれは自分の理論をうちたてた。攘夷という非合理行動によって、日本人の士魂の所在を世界に示しておく必要がある、というものであった。(466頁)

 自身の生来の心情がベースとなっていながら、欧米列強の植民地として国を分割させられた清国の例から学び、このような考え方をするのは、益次郎の軍略家のなせる思考方法なのかもしれない。

【第320回】『世に棲む日日(一)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第321回】『世に棲む日日(二)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第322回】『世に棲む日日(三)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)
【第323回】『世に棲む日日(四)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)

2018年12月8日土曜日

【第910回】『チーム・ダーウィン』(熊平美香、英治出版、2008年)


 ピーター・センゲが提唱した学習する組織は、決して難しい考え方ではない。しかし、平易すぎてSo what?という印象にもなりかねない。本書では、簡潔な理論を、ストーリーを通じて、噛み砕いて理解させてくれる。

 学習する組織の五つの段階をおさらいしてみよう。本書の113頁で、ポイントを具体的に「学び・進化する組織の5つの原則」として挙げている。

1)俺たちは、何を実現したいのか【個人ビジョン・いきがい】
2)俺たちは、誰と実現するのか【共有ビジョン・仲間】
3)俺たちは、どう学ぶのか【チーム学習・問題解決】
4)俺たちは、世界をどう理解しているのか【メンタルモデル・世界観】
5)俺たちは、何を解決したいのか【システム思考・複雑な世界の仕組みを解明する】

 主人公のコーチ役が書いたメモは、リアリティのある言葉でいいなと感じる。

 物語の展開は全体的には面白い。ただ、少しもったいないのは、合宿というオフサイトでの成果があまりに過大に描かれているところである。

 もちろん、オフサイトの意義を否定するわけではない。サードプレイスでのオープンな学びは重要であり、日常とは異なる気づきを他者と共創・共有することができる。しかし、学習する組織や組織開発といったアプローチを好む一部の人々は合宿を万能なものとして過大評価しすぎのようにも思えるのだがいかがだろうか。

 こうした懸念を払拭してくれているのが、主人公がモノローグとして学びを最後にまとめている箇所である。リーダーの心得の一つとして「他者から学び、自らの考えを変えていく」(285頁)としている点は抑制が効いている。

 一つの理論や考え方を絶対的なものとして捉えるのではなくオープンであること。これが「学習する組織」をファシリテートするリーダーに求められる態度なのであろう。

【第109回】『U理論』(C・オットー・シャーマー、英治出版、2010年)


2018年12月2日日曜日

【第909回】『武田信玄 火の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)


 信玄を支え続けた弟・信繁と山本勘助とを川中島の大合戦で同時の失った信玄が、どのように甲斐・信濃を守りながら上洛へ進もうとするのか。重要な戦力を失いながらも新たに台頭する若者たちの活躍に信玄の領土経営の素晴らしさをみるとともに、暗愚な嫡男を取り巻く泥々としたドラマにもリアリティがある。

 信玄は、かねてから大隈朝秀が有能なる人物だと見込んで登用する機会を待っていたのである。信玄は、機会をたくみに利用した。越後の住人であれ、信濃の住人であれ、上州の住人であれ、手柄さえ立てれば取り立てるということを家臣たちに示したのである。(158頁)

 抜擢人事のアナロジーとして興味深い。どのような背景の人物でも評価され得るということは正論ではあるが、いつ・どのように抜擢するかは難しい。ともすると公正な人事ではなく依怙贔屓のように捉えられ、抜擢された側も力を発揮しづらくなり、組織マネジメントも機能しなくなりかねない。

 抜擢しようとする人物を見定めておき、適切なタイミングで昇進・昇格させること。人事マネジメントとして意識したいものである。

「あきらめるというのは捨てることではない。どうでもいいと投げ出してしまうことでは決してない。俗体の世をあきらめるということは、俗体の世に起きたことに、こだわっていてはならないということである。俗体の世から離れるときには、俗体の世のことは考えずに、新しい世界のことだけを考えていればよいのである。俗体のよは俗体にまかせてやろう、いっさいはもう自分とはかかわりのないことだと思うようになったときが悟りである……」(194~195頁)

 嫡男・武田義信の最期のシーンで、上のような法話を受けて亡くなっている。義信が招く武田家の内紛や、戦いにおける戦略眼のなさは読んでいると辟易としてくる。しかし、最期にこのような法話をさし挟むことで、著者の義信に対する優しさが、ひいてはその父・信玄の子に対する優しさが出てくるようで面白い。

【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)
【第814回】『孤高の人(上)』(新田次郎、新潮社、1973年)
【第816回】『孤高の人(下)』(新田次郎、新潮社、1973年)

2018年12月1日土曜日

【第908回】『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』(原田まりる、ダイヤモンド社、2016年)


 ニーチェが現世の日本人青年に乗り移り、17歳の女子高生アリサと交流し、ニーチェを取り巻く様々な哲学者も登場してアリサが哲学を通じて学ぶ様が描かれる。と書いてもなかなかイメージしづらいかもしれないが、ニーチェ、キルケゴール、ショーペンハウアー、サルトル、ハイデガー、ヤスパース、といった哲学者のガイドブックと捉えていただければ良いだろう。

 哲学は好きで学びたいが、原著およびその翻訳書を読むと眠気を催す、という私のような方には適した入門書である。大胆に意訳しているようではあるが、違う言い方をすれば、現代に生きる当て嵌め方の仮説を著者は提示してくれている。それをどのように解釈し、現実に活かそうとするかは私たち読者の真摯な対応次第であろう。

 そのために、哲学するとは何かという大事な条件を先に引用した上で、各人の考え方を記していく。

「すでにあるものを鵜呑みにするのではなく、疑いを持ち、自分なりに考えてみる。
 それが哲学するということだ」(189頁)

<ニーチェ>

 まずはニーチェの言葉から。ニーチェと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、超人というやや大げさな訳で膾炙している概念であろう。著者は、超人を「永劫回帰を受け入れ、新しい価値を創造出来る者」(69頁)と端的に解説している。未来は蓋然性の中にあるものに過ぎず、超長期的なスパンで捉えれば繰り返しにすぎない。しかし、何が起きたとしてもその過程と結果を受容し、自分自身で価値を創造することをニーチェは主張しているようだ。

 超人という概念を生み出した背景には、人生をどのように捉え、いかに生きるかというニーチェの考え方がある。大前提として彼は、「ニヒルになりすぎると、自分の人生にもかかわらず、自分の人生を軽んじて生きてしまうことになる」(66頁)として、現状をいたずらに否定してポジショニングしようとする安易な生き方を否定する。

 このように、自分自身を卑下して納得しようとしたり、他者と比較して自身を良く見せようとすることに私たちは汲々としがちだ。両者の主張内容は反対でも、ゴールに固執しているという点では同じだとして、ニーチェは以下のような警句を述べている。

 ゴールや、理想だけを追い求めることはない。いま自分がいる場所、そして自分のスタートライン。それらをひっくるめて愛すのだ。それが運命愛だ。運命を持たなければ、損得に縛られ、自分が得をしていないような人生を否定することになってしまう(71頁)

 では、客観的なゴールに固執せず、他者とも比較せず、プラスでもマイナスでもない人生へとるべき態度はどのようにあるべきなのか。ニーチェの答えはシンプルだ。つまり、「人生に意味などない。意味がないことを嘆くのではなく、意味がないからこそ、自由に生きるのだ。」(105頁)という、諦念と可能性との合わせ鏡のような態様だ。

 自由に生きることを提唱することで、私たちの努力や意志を否定しているわけではない。むしろ反対であり「自分のパワーをフルに最大化させていく”力の意志”」(102頁)を重視する。その上で、他者から与えられる創られた感動を否定し、「己の可能性が広がった時に感じる」主観的な感動(102頁)を重視しているのである。

<キルケゴール>

 次に登場するキルケゴールは「デンマークの尾崎豊」(125頁)と本作では揶揄と敬愛とが混ざった形容詞が付いており、実存主義の嚆矢としての彼のイメージを良くも悪くも持ちやすい。

 自分の人生ではなく、他人の人生を妬むことに時間を費やしてしまっている。情熱をもって生きないと、自分の人生は妬みに支配されてしまうーー。(128頁)

 実存、すなわち「主体的真理」(127頁)を重視するキルケゴールの上記のような主張は、私にはニーチェに近いように感じられる。そのベースがある一方で、ニーチェと比較するとやや不安や心配といった暗い側面により焦点を当てているように感じられる。それは、可能性に対する捉え方であろう。

「可能性は僕たちに夢を見させるぶん、不安にさせる。そして、不安だらけの人生の中で、自由から逃げ出すことなく誠実でいなければならないんですよ。
 不安から逃れたいという目的で、道を選んではいけません。不安と誠実に向き合う。不安に左右されて、自分を騙してはいけません」(147頁)

 まず、可能性が不安を生み出すという発想方法は、ニーチェにはない、キルケゴールの特徴のように思える。このいくぶん暗い前提にたった上で、可能性とその裏側にある不安とに満ちた日常の中で、私たちは誠実に生きることが求められるのである。この辺りの日常に対する捉え方は、ニーチェに近いものを感じる。

 何かを選ぶということは、選ばなかった可能性を生む。そして私たちは何かに行きづまった時に、選ばなかった可能性に苦しめられるかもしれない。(153頁)

 先に引用した箇所を踏まえたキルケゴールのこの警句にはハッとさせられた。というのも、キャリアチェンジの際に恩師から受けたアドバイスの主要な内容と全く同じだったからである。やや備忘録的に書き残しておきたい。

<ショーペンハウアー>

 ニーチェやキルケゴールが価値中立的な現実認識をした上で論旨を展開していたのに対して、現実認識の時点から悲観的な認識を持つのがショーペンハウアーだ。彼は「人間は、退屈をしのぐために欲望を持ち、欲望が満たされるとまた退屈になるという、いたちごっこから逃れられない」(169頁)としている。

 こうした認識であるにも関わらず、自分自身に対する態様はどこかニーチェやキルケゴールのように思えるから面白い。「他人からの評価に一喜一憂して振り回されるのではなく、まず自分の中に確固たる自信を持つことが第一条件だ」(182頁)としている箇所を読むと、そのように思えるのだがいかがだろうか。

<サルトル>

 キルケゴールが実存主義の嚆矢だとしたら、それを広く人口に膾炙し、1960年台の若者の反乱の時代における思想的バックボーンとなったのがサルトルである。作中で彼は、実存主義について、「いまここに存在する自分にスポットを当て”生きている意味・人生のあり方を追求する思想”」(213頁)と端的に解説してくれている。

 その上で以下のような例示を出して、人間観の説明を行ってくれている。

「ああそうだ。それが先ほど話した”実存は本質に先立つ”といった意味だ。
 道具は、理由あって、存在する。つまり、本質あって、実存するのだ。
 しかし人間は違う。
 理由があらかじめ用意されていて、存在しているのではない。まず、生きている、存在しているという事実があるのだ。
 つまり理由が用意されていなくても、存在しているのが人間なのだ」(211頁)

 キルケゴールに近い雰囲気がするのは、実存主義を継承しているというからであろうか。ただし、有神論者であったキルケゴールに対して、神に対する存在に対して力が抜けているためか、現実を起点としたよりリアリティのある考え方のように思える。それは、将来に対してキルケゴールが不安を意識していたのに対して、投企という概念を用いて淡々と述べている以下の箇所にも現れていそうだ。

「未来の可能性に向かって、自分を構築していく、といった意味だ。
 人は自分がつくりあげる以外の何ものでもなく、どのように自分をつくることも出来る。
 逆に言えば、人は何ものでもない状態で、この世に生をうける。
 そして生きていく中で自分が何ものになるかは、自分でつくり上げていくほかないのだ。
 自分がどのように生きてもいいし、何を選択してもいい。人間は基本的には自由だ」(220頁)

 神ありきで発想したキルケゴールのような不安や、神を否定しようとしたニーチェのような力の入った議論ではないからか、すっと頭に入ってくるような感じがする。自分自身の実存を発想の起点にする以上、他人の捉え方も自身にフィードバックされるものとなる。

 自由な存在である他人に対して、私たちが出来ることはまなざしを向け返すこと、つまり他人を対象化することによって、主体性を、自分の世界を取り戻すことくらいしか出来ない。(242頁)

 人間という存在そのものを実在するものとして重視するサルトルの人間観はどこかサバサバとしているようだ。しかし、他者からのまなざしの影響を論じた見田宗介の『まなざしの地獄』に明らかなように、日本社会はとかく世間体や評判といった他社からのまなざしを気にする傾向がある。そうした社会においては特に、「まなざしを向け返す」という主体的な行為によって主体性を取り戻すことが求められるのかもしれない。

<ハイデガー>

 ハイデガーが提起する問題は、死という時間軸の設定であり、私たちの有限性に目が向けられる。「死をもって生を見つめた場合に、人は代わりがきかない存在」(277頁)であるとして、死という有限性によって私たちの個としての生に意味が見出される。具体的かつ丁寧に説明された以下の箇所を併せてお読みいただきたい。

 自分が死んでしまうと、周りのあらゆる人を含めた世界ごと消滅します。他人が亡くなると、それまでいた人が亡くなるという喪失感を味わいますよね。しかし自分に起こる死は、喪失感を味わうことも出来ないのです。いわば”喪失感を味わえない喪失”です(277頁)

 さらには、死によって私たちの生の可能性としての将来性に思い至ることができるとしている。月並みな例ではあるが、体調を崩して入院していると、当たり前のように生きていることに価値を見出したり、元気であれば本来は何がしたいかという潜在的な価値観への気づきことがあるだろう。

 目先のことや毎日に溺れてしまうのではなく、自分の命の有限性を自覚して、未来から逆算して、自分をつくっていくのです。死んでしまうという事実があるからこそ、いまを見つめ直すのです。(中略)
 死があるからこそ、私たちは本来性に気づくことが出来る(296頁)

<ヤスパース>

 物語の最後に少しだけ顔を出すのがヤスパースであり、あまり細かな考え方についてまでは理解できなかった。しかし、これまでに登場した哲学者たちが自分自身に焦点を起き、他者との関係性について述べていなかったのに対して、ヤスパースは他者との相互交渉に示唆を与えてくれる。

「他人については、自分の思いどおりにならないことも多いし、自分が求めている距離感と相手の求めている距離感が違うと、寂しくなったり、逆に面倒くさく思ったりすることもあるけれど、自己主義に考えるんじゃなくて、共存を前提に腹をわって自分を開示することが大切なんじゃないでしょうか。
 まさに”愛しながらの闘争”です。他人を拒絶して独りよがりの考えだけに目を向けるか、誰かと真理を探究し合うか」(330頁)

<その他> 

 本作の最後の言葉もまた、いい。様々な哲学者とのやりとりを通じて、現実で直面する課題に対して何を考え、どのように対処するかを考え続けた結果として至ったアリサの心境の独白である。

 未来はまだ決まっていない。
 人生の中で悲しみが何度も降りかかったとしても、それを受け入れて超えて行く。心からそう思えるようになるまでには時間がかかるかもしれないが、もう一度リピート再生したいと思えるような一生を送れるように、人生と誠実に向き合っていくためには、悲しみを悲しみのまま終わらすのではなく、乗り越えて生きていきたい。
 人生の意味は、自分にしか見つけることができない。私はいつもスタート地点に立っているのだ。それはいまも、そしてこれからも。(359頁)

【第367回】『超訳 ニーチェの言葉』(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、白取春彦訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2010年)
【第308回】『ツァラトゥストラはこう言った(上)』(ニーチェ、氷上英廣訳、岩波書店、1967年)
【第309回】『ツァラトゥストラはこう言った(下)』(ニーチェ、氷上英廣訳、岩波書店、1970年)
【第891回】『誰にもわかるハイデガー』(筒井康隆、河出書房新社、2018年)
【第525回】『嘔吐』(J・P・サルトル、鈴木道彦訳、人文書院、2010年)


2018年11月25日日曜日

【第907回】『武田信玄 林の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)


 軍師・山本勘助と信玄との会話は、斬り合いのようなスリルとともに、認め合う人間同士のあたたかな交歓のようでもあり、興味深い。勘助は諸国の偵察をする役割であり、かつ元々は今川義元の間者でもあったために駿河との行き来もあるため、甲斐で信玄と会う機会は少ない。その少ない機会の中でのやり取りは、切迫する背景とも相まって印象深いものがある。

「そうです。負けます。だからなるべくなら戦わない方がよいと思います。しかし、いよいよとなったらやはり戦わねばなりません。負け戦を覚悟して、負けた場合のことを充分念頭に入れて戦うならば、負けたことが結局勝ったことになるかもしれません。そこが天才と秀才の差でございます」(25頁)

 越後の偵察のために上杉謙信に行商として近づいていた勘助が、謙信と信玄とを比較し、前者を天才、後者を秀才と見立てたシーンである。華麗な戦いで若くして天才的に勝利を収める謙信に対して、信玄は慎重に戦闘を行い、実利を確実に得るようにする。その両者の戦いが、数次の戦いを経て、四回目の川中島の会戦で結果に現れる。

 川中島に現れる霧の現象を利用しようと、両雄は、間者に入念な偵察を行わせる。貴重な予報を行える人物を先に見つけながら、その人物を軍に引き込めず、反対に越後に取られてしまった勘助は、自身を攻め、決死の思いで戦いに臨む。

(おれの心の中にも信繁と同じような、安全作戦を求める心があるのだ。安全作戦こそ、信玄の軍法だった。勝てる戦でないとやらないのが武田の軍法であった。だが、戦はそれだけであってはならない。天下を望む者は、時には冒険を敢てしなければならぬ。天機を掴むべきとき掴まねば、躍進はないのだ。いまこそその天機なのだ。勝負を賭けなければ、越軍撃滅は達成できないのだ。越軍を信濃から追い出さないかぎり、甲軍が、東海道に出て、京都に向うことは絶対に不可能である)(385頁)

 リスクを冒してでも機を逃さず勝負に出た信玄。それに対して勘助は、霧がいつ晴れ、越後軍が動き出すかを自力で探ろうとしてその機を見つけた直後、勘助自身が上杉の部隊に見つかり、命を落としてしまう。

 勘助にとって非情な結末でありながら、その偵察行為によって博打的な勝負に勝ったのは信玄であり、勘助にとって必ずしも不幸せな結末ではなかったかのもしれない。勘助と信玄とのやりとりでここまで進んできた物語が、半ばにして勘助を失い、どのようにこの後進むのだろうか。

【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)
【第814回】『孤高の人(上)』(新田次郎、新潮社、1973年)
【第816回】『孤高の人(下)』(新田次郎、新潮社、1973年)

2018年11月24日土曜日

【第906回】『武田信玄 風の巻』(新田次郎、文藝春秋、2005年)


 織田信長や徳川家康を扱う歴史物を読むと、ほぼ必ず登場するのが武田信玄である。恥ずかしながら、信玄を主人公として扱う作品は、小学生時代に漫画でしか読んだことがなく、私の中ではバイプレイヤー的な存在となってしまっていた。

 信玄といえば騎馬隊をはじめとした勇猛果敢な戦闘集団を率いた戦国大名というイメージが先行する。しかし、甲州法度を制定して政治を整備しようとしたり、信玄堤に代表される環境対策や黒川金山開発といった経済政策など国家経営という観点でも興味深い。そこで信玄その人および彼の行動を理解しようと、本シリーズを読むことにした。

 家康や信長を苦しめた天才というイメージがあったが、読み進めていくと、若くして才能に溢れた存在でありながら失敗も多くしていることがわかる。一人の人間としての成長物語としても読めそうだ。

 たとえば、有名な父・信虎を実質的に国外追放した後の描写はこのような感じである。

 晴信は父信虎の姿が見えなくなるまで、高地に立って見送っていた。戦国に生れた者の悲哀がしみじみと身にしみた。父を追わねば、自分が殺されるから、そうするしかなかったのだ。だからといって実父を追放したという罪の意識は容易に消えるものではなかった。(100~101頁)

 四書五経を書見するシーンが描かれることから、親を敬うという孔子の思想を重視していたことが想起される。父に嫌われ、父の悪政を正すための追放とはいえ、悩み、苦しみながら決断する若きリーダーの人間性が現れている。

 晴信はやがて北信で対決しなければならない仮想敵、長尾景虎との一戦を頭に描いていた。たとえば、合戦の場を、犀川と千曲川の合流点の川中島あたりとするならば、古府中川中島の距離は、長尾景虎のいる越後春日山城と川中島間の距離の二倍に当っている。その距離の差を短縮するには軍の移動速度を速くするしか勝つ道はなかったのである。(536頁)

 武田信玄が旗印に掲げていたと言われる風・林・火・山から成る四部作の第一巻は、長尾景虎の登場をもって終わる。この後の巻で展開されるであろう川中島の戦いへの期待を持たせる演出と言えそうだ。

【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)
【第814回】『孤高の人(上)』(新田次郎、新潮社、1973年)
【第816回】『孤高の人(下)』(新田次郎、新潮社、1973年)

2018年11月23日金曜日

【第905回】『空飛ぶタイヤ』(池井戸潤、講談社、2009年)


 本作がノンフィクションでないことを頭では理解している。しかし、どうしても2000年代前半に起きた三菱自動車・三菱ふそうのリコール隠しおよび事故を想起してしまう。(三菱関連のみなさま、ごめんなさい)

 硬直化した組織(組織は本来的にいくらか硬直したものである)で生きる人々にとって、時に反発をおぼえながらも概ね共感しながら読み進めてしまう。その度合いが激しい企業組織において、救いがなく腐敗するマリオネットのような人々を描く著者の筆致の巧みさにはいつもながら感心する。

 たとえば、主人公である運送会社社長が自動車メーカーに事故原因再調査を試みたシーンの描写がその典型例であろう。

「財閥ってのは、不思議な響きだよな。なんだかそれだけで偉いような気がしちまう。貴族っぽく聞こえるわけだ。それに引き替え、こっちは町人だ。町人が貴族に意見するというのも何だが、そういうイメージにとらわれて、相手の実態がどうかなんてことはお留守になってた気がする」(上・86~87頁)

 反対に、そうした組織の中で意志を持って抵抗しようとする人々も描かれるのが著者の作品の救いのある特徴と言えよう。出る杭が打たれる組織の中で、彼(女)らが意志を貫くかどうか、周囲からのプレッシャーや甘言に揺らぎながら、人生をすすめていく様の描写にはリアリティを感じる。

 意志ある人々が不遇を囲い、苦しい展開が続くのは池井戸作品のお家芸だと認識している。最後に「倍返し」があることを予測しながらも、読んでいて苦しくなってくる。だからこそ「倍返し」以降の爽快感は増すのであろう

 なだらかな海面がぐんとせり上がってくる、そんな感情の高ぶりが赤松を包み込んだ。その波は現実世界から精神的な高みにまで盛り上がってなだれ落ち、赤松を歓喜の底へと沈める。(下・370頁)

 大団円へと向かう怒涛のような最後の展開に、きれいな直喩の存在することで文章が立体的になっている。こうしたスパイスを味わえるのが、小説を読むことの効用の一つなのかもしれない。

【第651回】『下町ロケット』(池井戸潤、小学館、2013年)
【第504回】『オレたちバブル入行組』(池井戸潤、文藝春秋、2004年)
【第505回】『オレたち花のバブル組』(池井戸潤、文藝春秋、2008年)

2018年11月18日日曜日

【第904回】『ティール組織』(フレデリック・ラルー、鈴木立哉訳、英治出版、2018年)


 学部で人事・組織・キャリアといった領域を学び始めた頃、組織論においてはフラット型組織が流行していた。コンサルティングファームにおけるアップ・オア・アウトの昇進構造と少ないレイヤーによるポスト管理は理解しやすく、合理的な組織論だと感じていた。余談になるが、当時は、日韓W杯で日本代表がフラット・スリーという形式でディフェンスのライン管理を行っており、「フラット」という言葉が流行っていた時代のようだ。

 フラット型組織がいかに有効な組織形態であったとしても、すべての業界やビジネス状態で適用可能なものではない。それにも関わらず、フラット型組織を理想的な組織構造として捉え、階層を減らす、ポストを少なくする、といったことに汲々としていた企業も少なくなかったように思う。

 いまだに輸入学問を無批判に是として活用したい欲求が強い日本においては、普遍的に理想的な組織構造を標榜する傾向があるのではないか。「ティール組織」と銘打った本書がビジネス書としてはベストセラーになっている動きにも同じような危険性を感じる。

 誤解がないように書くと、本書で提唱されている考え方は興味深く、示唆的な内容であると言える。人間の認識形態のパラダイムに対応して、衝動型、順応型、達成型、多元型を経て進化型(ティール)といった組織形態の発達を論じている点は理解できる。

 また、組織の様々な発達段階に優劣があるわけではないという抑制の利いた筆致も快い。「どのパラダイムも前のパラダイムを内包し、それを超えている。」(66頁)という表現は、ティールが現代および今後のパラダイムに適合的であることを示しながらも従来のパラダイムを否定するわけではない。

 私が気持ち悪く思うのは、日本語版の題名を「ティール組織」とした出版に携わったステイクホルダーの意図である。

 原題は「Reinventing Organization」であり、サブタイトルは「A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness」だ。理想的な組織論を提示するのではなく、組織を動態的で有機的なものとみなし、人間の認識段階に応じていかに組織を再創造するか、という意味合いと理解できる。つまり、人間が主語であり、組織は従属的なものに過ぎない。

 翻って、これを「ティール組織」と銘打つと印象は全く逆になる。あるべきスタティックな組織が存在し、人間は取り替え可能な機械のようにも捉えられる。組織論を前面に押し出した背景には、本書をもとにコンサルをしたい商業主義というステイクホルダーの裏の意図すら感じる。原著者の人間観や組織観と矛盾していると捉えるのは言い過ぎであろうか。

【第851回】『人事管理ー人と企業、ともに活きるために』(平野光俊・江夏幾多郎、有斐閣、2018年)
【第229回】『日本型人事管理』(平野光俊、中央経済社、2006年)

2018年11月17日土曜日

【第903回】『バリアバリュー』(垣内俊哉、新潮社、2016年)


 著者は、平成生まれの、先天的な障がいを持つ、創業社長である。事実を淡々と記すだけでこれほど目立つ形容になるということは、著者本人が好むと好まざると、周囲の注目を常に受けて生きていることは、想像に難くない。

 それを好機と捉えればもちろん良いのであろうが、それほど人間というものはよくできたものではないものであろう。注目されるということは、言われのないバッシングを受けることと表裏一体である。

 こうした環境にも関わらず、三十路にも至らない著者の、いい意味で老成した生き様が本書では描かれている。理念を狂信的に唱えるのでもなく、先天的な障がいを持つ運命を呪うでもなく、飾らない自然体のあり方が随所に現れている。

 たとえば、自分自身の障がいを形容した冒頭の文章を読んでほしい。

 私は、骨が弱くて折れやすいという魔法にかけられて生きてきました。(2頁)

 この文を最初に読み、安心感をおぼえた。肩に力が入るのではなく、スポ根のような根性物語でもなく、自然体としてのリーダーである。その行動原理として、いかに障がいと向き合い、活用するかについて、著者の葛藤を消化した考え方が端的に述べられている。

 障害を無理に克服しようと思うだけではなく、そこに「価値」や「強み」が隠れていると信じて、向き合ってみてはいかがでしょうか。(4頁)

 五木寛之さんの『他力』にもあるように、仏教では、「諦める」の元々の意味を「明らかに究める」として肯定的に捉える。この著者の言葉にも、仏教の「諦める」のような人生に新たな価値を見出そうとするような強い意志を感じる。実際、諦めるという言葉を積極的に見出そうとする文章が後で現れる。

 長年の夢を諦めるというのに、さほど挫折感はありませんでした。自分でも不思議でしたが、リハビリを最後の最後までやり切ったという想いがあったからではないかと思います。(54頁)

 海老原嗣生さんがクランボルツのキャリア論を解説する『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』で提唱する「夢の代謝」を彷彿とさせる。海老原さんの言葉を借りれば、好奇心→冒険→楽観→持続→柔軟のステップのうち、特に納得するまで持続し続けて、結果を踏まえて柔軟に対応するということが著者の明らかな究めなのではないか。

【第605回】『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(水野達男、英治出版、2016年)
【第19回】『ザッポス伝説』(トニー・シェイ著、ダイヤモンド社、2010年)

2018年11月11日日曜日

【第902回】『コンテンツの秘密』(川上量生、NHK出版、2015年)


 ドワンゴを設立し、当初は着メロでビジネスを進展させ、2000年代半ばにはニコニコ動画の運営にまで携わった著者。現在は、同社の会長を務めながら、スタジオジブリのプロデューサー「見習い」というユニークなキャリアを持つ方である。

 媒体ビジネスを経て、コンテンツビジネスに携わる著者だからこそ、コンテンツについて語る言葉にハッとさせられる。

 まずコンテンツにおける情報量という概念を、主観的情報量と客観的情報量とに分けて考えることの重要性を指摘する。主観的情報量とは「人間の脳が認識している情報の量」(50頁)であり、客観的情報量とは「客観的基準で測れる情報の量」(50頁)としている。

 私たちの多くは、情報という言葉に対して客観的なイメージを持つ。あえて主観的情報量という言い方をしているところからもわかるように、著者は、主観的情報量の使い方が重要であるとしている。

 むしろ人間が現実を学ぶ教材として、現実の代替を務めるのがコンテンツであると考えるなら、少ない客観的情報で多くの主観的情報を提供するのがコンテンツであるということになるのではないでしょうか。(69頁)

 「情報が多すぎてごちゃごちゃしている」と否定的に捉えられるコンテンツは、客観的情報が多すぎるのであろう。他方で、情報が複層的で立体的に形成されていると言われる場合には、多様な主観的情報を統合的に形成できているのであろう。

 著者は、映画をはじめとした視覚的なコンテンツを対象にして述べているが、おそらくは活字のコンテンツ、つまりは小説やノンフィクションについても同様なのではないか。登場人物が多すぎてメッセージが伝わりづらい作品がある一方で、人物は少ないが関係性が複雑で様々な登場人物に感情移入できる作品もある。

 どのようなジャンルであれ、表現する以上は、主観的情報に注意したいものだ。

【第234回】『モバイルミュージアム 行動する博物館』(西野嘉章、平凡社、2012年)
【第161回】『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』(長谷川祐子、集英社、2013年)

2018年11月10日土曜日

【第901回】『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦、ダイヤモンド社、2018年)


 本書を読む前、組織開発という概念には食傷気味だった。数年前に広義の組織開発の手法に依る活動を集中的に行っていた。よかったのだとは思う、特定の個人にとっては。しかし、組織にとって、会社にとって、効果があったのかと問われれば、残念ながら肯定する気にはなれず、企画・運営側の自己満足ではないかという感があった。

 また、「組織開発を志す人々が党派に分かれ、対話を失わせている実態こそが、組織開発の健全な発展を妨げて行くものだ」(63頁)と指摘されている状況にもうんざりしていた。「○○が正しく、□□は誤っている。」とか「〇〇を信じない人間は信じない。」といった言説構造は、端から見ていれば内ゲバ争いに他ならない。そのため、組織開発に対してどこか冷めた目で眺めるようになってきていた。

 しかし、組織開発の歴史的経緯と今後の可能性に対して真摯に向き合おうとする本書を読み、組織開発に改めて取り組み直したいと心の底から思えた。とりわけ「人材開発、リーダーシップ開発……そして組織開発は、理論的には同じルーツを持っている」(6頁)という箇所から、組織開発を毛嫌いする無意味さを理解し、反省させられた。

 学びの多い本書をまとめるのは難しい。ここでは、特に興味深いと感じた、組織開発の理論的な背景と、それを踏まえた実践的な簡潔かつ明瞭なステップについて焦点を当てたい。

 まず、理論的な背景についてであるが、組織開発の3層モデルを見ていただきたい。


 実務家としては、組織開発の手法にどうしても目が向いてしまうが、重要なのは、そうした手法がどのような背景を持っているかである。なぜなら、手法の底流に流れるものが、手法に影響を与えるからである。実施者がその背景に自覚的であろうと無自覚であろうとも、関係はないだろう。

 手法の直接的な背景として、集団精神療法の方法論があり、その考え方の基盤には哲学がある。ここでは、図中の第1層を成す哲学的基盤に焦点を当てる。


 下手の横好きで哲学を好む身としては、組織開発の基盤として、フッサール、デューイ、フロイトが出てくるのは堪らない。デューイは経験からの学習という点、フッサールは経験の意識化という点、そしてフロイトは無意識の意識化という点で、組織開発の基盤となる考え方に影響を与えたという。

 デューイとフロイトについては、個人的には想像が付きやすいが、その両者を繋ぐ存在として現象学で有名なフッサールが描かれているのが興味深い。現象学という、決して理解したとは言えない難解な思想に対して、エポケーをはじめとした概念装置に魅了された身としては、組織開発の基底を成す考え方の一つとして取り上げられると嬉しいものである。

 次に、実践的な組織開発の3ステップについて。41頁の図表4にある端的かつ簡潔に描かれたモデル図を見ていただきたい。


 見える化のステップで重要なことは、潜在的な問題を顕在化させることが見える化であり、誰もが認識している問題を図やチャートにすることではない。きれいな図やモデルにすることを見える化と捉えがちだが、現場に存在する有象無象な潜在的問題を可視化することが求められるのである。

 ガチ対話のステップでは、何かを決めたり判断するのではなく、お互いの意見や考えの相違を明らかにする。そのためには、腹を括ってお互いが真剣に対話することが求められる。

 ガチ対話を経て発散的にアイディアが出て、お互いの意見の背景となる考えを理解しあった後で収束する。これが未来づくりである。組織としてまとめるために未来におけるビジョンを共同して創り分有するということであろう。

 実務においては、組織開発の3層モデルでその基底に流れる背景(Why)を念頭に置きながら、組織開発の3ステップを基にワークショップを設計(What)したいものである。

【第559回】『入門 組織開発』(中村和彦、光文社、2015年)
【第209回】労働政策研究・研修機構「特集 人材育成とキャリア開発」『日本労働研究雑誌』Oct. 2013 No. 639
【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第292回】『探究Ⅱ』(柄谷行人、講談社、1989年)

2018年11月4日日曜日

【第900回】『同日同刻』(山田風太郎、筑摩書房、2006年)


 歴史小説や歴史を扱ったノンフィクションでは、多くの場合は、一つの観点や一人の視点で描かれる。ために、登場する人物たちがどのように関わり合ったのかが主観的になってしまったり、よく描かれなかったりしてしまう。

 本書では、あの戦争の開戦当日と、終戦直前の数日間に焦点を当て、日米を中心に関係者が同じタイミングで何をどのように行なったのかが並行して記述されている。複眼的かつ立体的に、なぜあの戦争が起こり、どのように集結に至ったのかを理解することができるだろう。

 こうした描き方を著者はどのような理由で採用したのか。「まえがき」で端的に以下のように記している。

 同日、できれば同刻の出来事を対照することによって、戦争の悲劇、運命の怖ろしさ、人間の愚かしさはいっそう明らかに浮かびあがるのではなかろうか、と考えた。(3頁)

 著者の想いに溢れた筆致によって、戦争の負の側面が、切実に描かれている。とりわけ、「運命の恐ろしさ」が現れていたのは、ドイツとソ連との闘いと、真珠湾攻撃のタイミングの奇妙なる符号である。

 日本の八日午前五時は、モスクワでは七日午後十一時である。すなわちモスクワ前面の戦線では十二月七日最後の一時間に入ろうとしていた。そしてその日こそ、ソ連軍の猛反撃と零下三十度を超える極寒に耐えかねて、ドイツ軍がついにモスクワ戦線から吹雪の中で総退却を開始した運命の日なのであった。(47頁)

 日本軍によるパールハーバーの奇襲が成功した直後のタイミングで、ドイツ軍がソ連からの退却を開始する。運命の皮肉と見るか、日本の当時の首脳陣による大局観の欠乏と見るか。歴史の恐ろしさが凝縮された箇所である。

【第888回】『日本のいちばん長い日 決定版』(半藤一利、文藝春秋社、2006年)
【第46回】『昭和史1926−1945』(半藤一利、平凡社、2009年)

2018年11月3日土曜日

【第899回】『伴走者』(浅生鴨、講談社、2018年)


 伴走者とは「伴に走る者」である。パラスポーツに焦点を当てた本作は、全盲の方が競技を行うマラソンとスキーの二編から成る。

 「伴走者」が行うことは、パラアスリートの目の替わりをすることであり、それ以上でも以下でもない。伴に走り、伴に共通の目的に向かう、パートナーなのである。良かれと思った行動であっても、そこから逸脱したものは「ありがた迷惑」であり、相手を尊重しない行動と受け取られる。

 伴走者。それは誰かを助けるのではなく、その誰かと共にあろうとする者、互いを信じ、世界を共にしようと願う者だ。(246頁)

 相手が何ができて、何ができないのかを理解しようとし、できることを伸ばすことを支援し、できないことを補おうと支援すること。そうした意識と行為をお互いに依存し合いながらすることが信頼関係と呼ぶものなのではないか。

 では、「ありがた迷惑」にならないように支援するためにはどうすればいいのか。

 心理学者の大家であるエドガー・シャインは『人を助けるとはどういうことか』で、支援関係の原則の一つ目として「与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる。」(235頁)と述べている。相互にそうした支援を行い合えることが、伴走者のみならず、あらゆる人間関係にとって効果的な支援となるのであろう。

 支援や信頼について考えさせられる一冊である。

【第782回】『職業としての小説家』(村上春樹、スイッチ・パブリッシング、2015年)
【第165回】『走ることについて語るときに僕の語ること』 (村上春樹、文藝春秋社、2007年)

2018年10月28日日曜日

【第898回】『生麦事件(下)』(吉村昭、新潮社、2002年)


 薩英戦争へと至る下巻の前半は緊張感に満ちた展開である。開戦へと至るか否かの交渉が行われる鹿児島湾は、押し寄せるイギリス艦艇によって、穏やかな海から荒れた海へと変わる。こうした情景描写が、小説家の腕の見せ所なのではないか。

 凪いでいた海は徐ろに様相を変え、岸に押し寄せる波の音も高くなった。艦隊の灯火は見えず、海上は濃い闇にとざされていた。(44頁)

 高まる波が収まることはなく、薩英戦争は勃発し、痛み分けのような形で終了する。薩摩藩が賠償金を支払う形式とはいえ、なぜ、イギリスは第二・第三の艦隊を派遣して植民地にするような政策を取らなかったのか。アヘン戦争での同様の政策を考えれば、そうした政策を取ることも考えられたはずだ。

 著者はその理由として、戦後にニューヨークタイムズに掲載された社説で、イギリス艦隊の薩摩藩での行為が残虐な行為として非難されたことを挙げられている。

 この社説は、アメリカ国内で強い支持を得たが、イギリス国内でもイギリス艦隊の鹿児島市街を焦土とした行為を批判する声がたかまった。(94頁)

 民主主義国家として、イギリスの対外政策は国内世論の影響を受けたわけである。当時の日本を取り巻く他国の情勢は、幕末の日本の勢力図に大きな影響を与えたようだ。

 鳥羽伏見以降の薩長軍と旧幕府軍との争いは、武器の差が明暗を分けたと言われる。では、なぜ武器が薩長に流れたのか。一つは、イギリスと戦った薩摩と、下関で四カ国と戦った長州とが、海外の武器の優越性を理解していたから、という需要サイドで説明できる。他方、供給サイドでは1961年から1965年まで続いた南北戦争が挙げられる。

 南北戦争はその年の四月に終結し、不要になった多量の銃が上海をへて長崎に流入していて、短期間にグラバーはそれらの銃をかき集め、井上、伊藤との間で売買契約をむすんだ。量はおびただしく、ミニエー銃四千三百挺、ゲベール銃三千挺で、代価総額九万二千四百両であった。長州藩も、紙、塩、蠟を専売品とし、倹約を徹底して財源の蓄積につとめていた。(268頁)

 国際的な軍需産業と戦争との相補関係の一端を担ったと考えると嫌な思いがするが、日本史と世界史とを比べて考えてみることの重要性を改めて考えさせられた。

【第881回】『桜田門外ノ変(上)』(吉村昭、新潮社、1995年)
【第882回】『桜田門外ノ変(下)』(吉村昭、新潮社、1995年)

2018年10月27日土曜日

【第897回】『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』(村上春樹、新潮社、2017年)


 第2部の中盤から、ザ・ハルキワールドという感じの展開。もちろん、いい意味で用いている。ハルキストたちの中には、初期の作品が村上春樹の作品であり、最近のものは今ひとつだという意見もあるようだが、個人的には最近のものの方が入りこみやすい。『1Q84』も良かったし、本作も読んでいて心地よかった。

 心地よいのは物語と文体だけではない。ところどころでハッとさせられる文章がある。とりわけ以下の箇所はお気に入りの一文である。

「あなたには望んでも手に入らないものを望むだけの力があります。でも私はこの人生において、望めば手に入るものしか望むことができなかった」(269頁)

 すごいなと思ったのは、50節と51節の冒頭部分。本作は書き下ろしであるにも関わらず、その前節の最後の一文と冒頭の一文とまったく同じにしている。緊迫する場面の臨場感が、新聞小説のような手法によってその効果が上げられているのではないか。

 本作の最後には<第2部終わり>とある。作品自体はこれで終了しても違和感がない、というか終わったものだと私は思っているが、果たして第3部が発表されることはあるのだろうか。

【第896回】『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』(村上春樹、新潮社、2017年)
【第796回】『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(村上春樹、文藝春秋、2013年)
【第791回】『1Q84 BOOK1』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第792回】『1Q84 BOOK2』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第793回】『1Q84 BOOK3』(村上春樹、新潮社、2010年)
【第782回】『職業としての小説家』(村上春樹、スイッチ・パブリッシング、2015年)

2018年10月21日日曜日

【第896回】『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』(村上春樹、新潮社、2017年)


 漱石の作品は漱石だと分かるし、三島の作品も三島の手になるものだと分かる。それらと同様に、村上春樹の作品は、著者名を隠されて読んでも分かる、と思う。それほど彼の文体は確立されたものであり、他の現代小説家とは屹立した存在であると言えるのではないだろうか。

 穏やかで一見してスピーディーではないにも関わらず、多様な登場人物が突如として発散的にエピソードを撒き散らす。第1部を読んでいる現時点では、どのように収束されるのか分からないが、複数の謎がきっと最終的にはどこかに集結点を描き出すに違いないと、どこか安心しながら読み進められる。

 予定調和の感覚を持ちながらも、物語としての不調和性の両立、といったところであろうか。

 大事なのは無から何かを創りあげることではあらない。諸君のやるべきはむしろ、今そこにあるものの中から、正しいものを見つけ出すことなのだ(361頁)

 まず誤植ではないことを述べておく。これは、題名の一部にもなっている「騎士団長」という(現時点では)不可思議なキャラクターの台詞なので独特の妙な言い回しになっているのである。

 しかし、こうした変な言葉であるからであろうか、よりいっそう重みのある言葉であるように思えるから不思議なものである。

【第791回】『1Q84 BOOK1』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第792回】『1Q84 BOOK2』(村上春樹、新潮社、2009年)
【第793回】『1Q84 BOOK3』(村上春樹、新潮社、2010年)
【第782回】『職業としての小説家』(村上春樹、スイッチ・パブリッシング、2015年)
【第796回】『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(村上春樹、文藝春秋、2013年)

2018年10月20日土曜日

【第895回】『走れメロス』(太宰治、青空文庫、1940年)


 数ある太宰作品の中でも名作の誉が高い本作。NHKEテレの「100分で名著」で取り上げられているのを見て、読み直したくなった。同番組では、小学生が夏休みの読書感想文として取り組む本の一冊として特集されたものであったが、大人が読んでも問題はないだろう。

 改めて、信頼とは何かを考えさせられる。他者を信じて頼るということは、他力に通じるものがあるのではないか。自力は、あくまで信頼を証明するための存在として描かれ、メロスにしてもセリヌンティウスにしても、お互いがお互いに委ね合うことで信頼関係が醸成されている。

 しかし、他者に委ねるということは、自身の意思を軽視するようでもあり、決してやさしいものではない。まして、他者に委ね続けるということはおそらく不可能であり、どれほど大事な他者であっても時に委ねることが揺らぐこともある。

 メロスの立場に立って考えれば、自身を信じてくれる親友の代わりに、自身が処刑されるために王様のもとに戻るという正義の行為を信じていても揺らぐことはいくつもある。

 たった一人の肉親である妹の結婚後の平和な生活を続けるために村に残ったとしても誰が非難できるだろうか。また、行く手を塞ぐ山賊との戦いと、濁流の渦巻く川を渡ることで疲れ果て、王様との約束の期限に遅れても仕方がないと言えるのではないだろうか。

 多くの人にとって正当化される誘惑や困難によって他者への委ねが一時的に途切れる瞬間があるのはしかたがないのであろう。信頼関係があるということは、一時的に途切れた状態から他者に絶対的に委ねる状態に戻せるかどうか、に表れるのではないか。

 揺らぎながらも他者に委ねる状態に戻り続けるメロスの言動にリアリティがあるからこそ、その崇高な信頼関係に感動をおぼえるのである。

【第502回】『人間失格』(太宰治、青空文庫、1948年)
【第524回】『斜陽』(太宰治、青空文庫、1950年)
【第501回】『パンドラの匣』(太宰治、青空文庫、1946年)

2018年10月14日日曜日

【第894回】『生麦事件(上)』(吉村昭、新潮社、2002年)


 薩摩藩の大名行列の邪魔をしたイギリス人が殺害されたことの意趣返しで薩英戦争が起こり、しかしその戦後対応でイギリスと薩摩藩が近づく契機となった事件。これが生麦事件として称される史実の後生的な評価であろう。

 この前半の表現からは、薩摩藩は当時尊王攘夷の機運一筋のような印象を受けるが、むしろ本書では、藩主の父であり実質的な実験者である島津久光の開明的な姿勢が描かれる。久光の前藩主である斉彬の頃から「藩主が藩士たちに、来航する外国船に決して敵意をいだくことなく、外国人にも穏やかに接するよう指示していた」(19頁)ようだ。

 したがって、久光の観点からすれば、大名行列を横切るという違法行為を働いた人物をルールに基づいて処罰しただけであり、その対象が外国人であったというだけに過ぎない。

 生麦村の事件については、家臣が外国人に斬りつけたのはやむを得ぬことと久光はその行為を是認していた。大名行列は、藩の威信をしめすもので、藩士たちは身なりを整え、定められた順序にしたがって整然とした列を組んで進む。それは儀式に似たもので、その行列を乱した者は打果してもよいという公法がある。日本に居住する外国人たちは、日本で生活するかぎり、その公法を十分に知っているべきであるが、殺傷された外国人たちは下馬することもなく、馬を行列の中に踏みこませるという非礼を働いた。それは断じて許されるべきではなく、斬りつけたことは当然と言える。(147~148頁)

 現代市民社会の感覚からすれば、「切り捨て御免」は、武士という当時の日本社会における特権階級に対する特権にも読み取れる。ただし、当時の武士階層のトップにいる藩主が「切り捨て御免」を所与のものとして捉えることも理解はできる。<日本>という内側の論理が、その論理が通用しない他国との接点で生じた事件なのであろう。

 生麦事件を機に、薩摩藩と幕府、薩摩藩とイギリス、幕府とイギリス、という三者間のギリギリの交渉が展開され、薩英戦争へと繋がる緊張が描かれる。そうした緊迫感のある展開に、以下のような美しい風景の描写が彩りをもたらしている。

 相変らず雨の気配はなく、藩邸はまばゆい陽光に晒されていた。(7頁)
 鹿児島湾の海面は、眩く輝いていた。(312頁)

【第881回】『桜田門外ノ変(上)』(吉村昭、新潮社、1995年)
【第882回】『桜田門外ノ変(下)』(吉村昭、新潮社、1995年)

2018年10月13日土曜日

【第893回】『アカギ(8〜36巻)』(福本伸行、竹書房、2018年)


 以前読んでいたコミックで続刊中のものは、連載終了後にまとめて読むようにしている。ために、時折思い出したように連載が終わっていないかをチェックしている。

 『アカギ』もそのような一冊である。ついに連載が終わり、コミックの最終巻が発売されたという情報を遅まきながら知り、漫画喫茶に二日間にかけて計六時間引きこもり、読み終えた。

 『アカギ』ファンのみには通じると思うが、8巻とはいわゆる鷲巣麻雀が始まる巻である。もちろん7巻までも当時は読んでいたが、今回は鷲巣麻雀の序盤をおさらいとして読み直して、最終巻まで読み進めた。(悪友と麻雀を打つと、白をツモるたびに「きたぜ、ぬるりと」と言い合っていた身としては市川戦も読み直したかったのであるが)

 主人公・赤木しげるが鷲巣巌と対峙し、自らの血液を賭けて鷲巣の全財産を奪うべく、命を賭してもなお冴え渡る赤木の闘牌に魅了される。六回の半荘に二十年以上も掛けながらも、スピーディーな展開はすごい。

 命を賭けた闘牌でありながらも、福本ファンの多くは、『天 天和通りの快男児』で年齢を重ねた赤木が登場することを知っている。したがって、死ぬことはないのだろうなという予定調和を予期しながら読み進めざるを得ない。

 となると、どのように著者は作品を終わらせるのか、に私たちの興味は向かう。まさかパラレル・ワールドだったことにして、赤木が死に迎えることもあるのかとまで考えた。

 ネット上では終わり方に否定的な意見も多いようであるが、上述したように結末における制約が大きい中では、綺麗な終わり方であり、個人的には嫌いではない。麻雀に負けながらも、勝負に徹して勝利を得た、という、赤木らしいリアリティのある勝負勘・人生観と言える。

【第824回】『アオアシ』【第1巻〜第12巻】(小林有吾、小学館、2015年〜)
【第82回】『スラムダンク(全31巻)』(井上雄彦、集英社、1991年〜1996年)

2018年10月8日月曜日

【第892回】『天狗争乱』(吉村昭、新潮社、1997年)


 桜田門外ノ変へと至る水戸藩内の門閥派と改革派の対立構造は著者の『桜田門外ノ変』に詳しい。同書における改革派が、事変後数年を経て尊攘派と受け継がれた。

 門閥派は、そうした尊攘派を「身分の低い尊攘派の者が急に鼻を高くして威張りちらすとして、蔑みの意味をこめて天狗派と呼ぶようになった」(33頁)という。これが天狗派もしくは天狗勢と呼ばれる水戸藩を中心とした急進的な尊攘派の一連の争乱へと繋がる。

 天狗勢の佇まいの清々しさを以前何かの書籍で読んでいて印象深かったのであるが、それは、後半における京への西上過程の行動のようだ。前半は、水戸藩内における門閥派との政治闘争に敗れての暴発的な決起、一部の隊による過剰な軍資金獲得のための町民への残虐行為など暗鬱とした展開が続く。

 武田耕雲斎をトップに据えて、京都へ西上して一橋慶喜に尊王攘夷を直訴することを最終目標に置いてから、規律が厳格に規定され、規律的な集団行動が取られるようになる。しかし、前半期における一部の悪行の印象を完全に払拭することは難しく、また尊王攘夷という思想に基づいた集団ということもポジティヴな印象には繋がらなかったようだ。

 尊王攘夷という一つの思想によってかたく団結した天狗勢は、きわめて不気味な存在に思えた。それに、下仁田、和田峠の戦いでもあきらかなように、天狗勢は、すぐれた作戦能力をもち、隊員の戦意は旺盛で、そのような類のないほどの戦闘集団の入京は脅威であった。(490頁)

 いつの時代でも、特定の宗教や人物を過剰に信奉する組織はカルト集団として警戒されるようだ。尊王攘夷は、当時は一般民衆の間でもそれなりに受け容れられていた考え方である。そうであっても警戒され、さらには天狗勢が慕っていた一橋慶喜も、彼らを京都に入れることのリスクと、幕府への忠誠を優先して天狗勢の入京を拒否する。

 徳川斉昭の息子にして改革派の精神的な拠り所であった一橋慶喜の拒絶により、天狗勢の行動はあっさりと終了する。潔いと形容するには、あまりにもの哀しい結末であった。

【第881回】『桜田門外ノ変(上)』(吉村昭、新潮社、1995年)
【第882回】『桜田門外ノ変(下)』(吉村昭、新潮社、1995年)

2018年10月7日日曜日

【第891回】『誰にもわかるハイデガー』(筒井康隆、河出書房新社、2018年)


 ハイデガーは難しい。否、正確には哲学者の書いたオリジナルの書籍は、サルトルも、フッサールも、フーコーも、私のような素人には難しい。だからこそ、本書のような優れた書き手による優れた解説書はありがたく、頭がさがる思いで読み進めた。

 本書ではハイデガーの代表的な著作の一冊である『存在と時間』についての解説が為されている。解説を書いている社会学者の大澤真幸氏も、「『存在と時間』の理解としてまことに正確である」(95頁)と太鼓判を押しているように安心して読み進めることができる。

 いつやってくるかわからない死を了解しようとして、人間は苦しんでいるんです。ですから、そういった死ぬという自分の存在を自分で引き受けて生きていく、その実存という存在のしかたですね。それが現存在です。(34頁)

 まず現存在というハイデガーが提唱する鍵概念について、生きるということと交えて解説が為せれる。尚、実存とは「人間の可能性」(35頁)と定義していることも併記しておく。

 では死とどのように向き合うのか。本来性の概念を用いながら著者は解説を以下のように試みている。

 本来性というのは死を見つめる、自分が生きているのに、いずれ死ななければならないのに生きているという苦しみ。その苦しみとか悲しさとかそういうものを生きていく上で、どれほどその生き方が苦悩や悲哀に満ちていてもそれを引き受けていくという生き方なんです。(43頁)

 自らの周りに起きる事象をプラスやマイナスで判断するのではなく、全てをありのままのものとして受け入れていくこと。これが生きる上での本来性であると著者は大胆に定義し、死から目を背けて対象を他に求める考え方を非本来性と定義して否定的に見ているのである。

 著者が述べるように本書はハイデガーに至るための入門書である。ハイデガーの著作にも改めて触れてみたいと思った。

【第419回】『今こそアーレントを読み直す』(仲正昌樹、講談社、2009年)

2018年10月6日土曜日

【第890回】『村上海賊の娘(四)』(和田竜、新潮社、2016年)


 一見して関連がなかったようなエピソードで描かれてきた人物たちが、一つの合戦の中で、見事に一つのストーリーとして紡ぎ出される。闘いの中でそれぞれの人生観を表出し、ある者は勝機を見出し、またある者は死ぬ。

 本書は、史実を丹念に調べて著されたものだそうだ。とはいえ、合戦を実際に観察して描いたものではないのであるから、点と点を結ぶ多くの伏線は著者の創作である。一つひとつの事実を基に、物語を描き出す見事な筆致に唸らさせられる。

「次郎を思っ切り阿呆に育てちゃってくれ」
 この一言で、道夢斎は敗戦を悟った。あの燃え盛る安宅で何が起きたかは分からぬが、無謀にも海賊王の軍勢に挑んだ我が息子が打ち取られたことだけは間違いない。
 それでも道夢斎は、哄笑していた。息子をこんな阿呆に育てたのは自分ではないか。孫もそうしろというのなら、お手の物だ。(294頁)

 主人公の敵役でありながらも、もう一人の主人公と言って良い七五三兵衛の最期のシーン。悲壮感はないが、感動的だから不思議だ。死に際してこれほど達観できるものなのであろうか。

【第886回】『村上海賊の娘(一)』(和田竜、新潮社、2016年)
【第887回】『村上海賊の娘(二)』(和田竜、新潮社、2016年)
【第889回】『村上海賊の娘(三)』(和田竜、新潮社、2016年)

2018年9月30日日曜日

【第889回】『村上海賊の娘(三)』(和田竜、新潮社、2016年)


 戦働きという偶像に憧れていた主人公が、第二巻における自家の存続を賭けて争う戦場での命のやり取りを目の当たりにして自身の甘さに気づかされ、思い悩む。それまでの冒険活劇やリーダーシップの物語から一転して落ち着いたトーンで展開される。

 姉は自分と違い、戦に出たがっていた。それがいまや、「戦船に女を乗る事堅く可禁」という軍書の条文ではなく、自らに資質がないと思い知らされることで道が閉ざされた。だとするならば、その失望は深いものにならざるを得ない。(83頁)

 弟から見た姉の様子がもの哀しさがよく表れていて、読んでいていたたまれない気持ちに吊り込まれる。

 しかし束の間の平穏な生活を送る中で、再び戦場に向かうことを決意する主人公。一向宗徒の老爺を助けられなかった過去の自身への失望から、将来において救いたい存在へと焦点を変えることで自身の想念に静かに気づく。

「瀬戸内を出たとき、あいつらは極楽往生がすでに決まっていると信じていた。それでも、弥陀の御恩に報いるために、行かぬでもいい戦に行って命を捧げたんだ。戦場では退けば地獄だと脅され、話が違うと知っても、あいつらは仏の恩義を忘れようとはしなかった。オレは見事だと思った。立派だと思った。オレはそういう立派な奴らを助けてやりたい。オレはあいつらのために戦ってやりたい」(243頁)

 主人公による、死と再生の物語となり、最終の第四巻へと物語は続く。

【第384回】『国盗り物語(一)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第385回】『国盗り物語(二)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第386回】『国盗り物語(三)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第387回】『国盗り物語(四)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)

2018年9月29日土曜日

【第888回】『日本のいちばん長い日 決定版』(半藤一利、文藝春秋社、2006年)


 1945年8月14日から15日にかけての、終戦をめぐる日本の権力中枢機構における意思決定過程に焦点を当てたノンフィクション。著者が丹念に調べた事実を基にして、迫真のドラマが紙上に展開される。とりわけ、陸軍の近衛師団の一部によるクーデター未遂の場面は、息が詰まるような思いで、読んでいるこちらにも緊張感が伝わるようだ。

 重大問題には閣僚に飽きるほど機会をあたえ思いのこりのないまでに発言させ、自分は意見をいわず聞えるのか聞えないのか耳を傾けている。そうやって最後のときと感じられるまでじっと堪えている。疾風怒濤の分秒にあって、春風駘蕩の、別の眼でみれば一本土性骨のとおった首相のあり方こそ、よく大任をはたすに最適であったのです。(136~137頁)

 本書を通じて、鈴木貫太郎の春風駘蕩型のリーダーシップとでも言えそうな首相のありようには感服させられる。あの戦争を終えるという意思決定には、生命のリスクがあり、実際に鈴木の暗殺を画策するテロ未遂の様子も描かれている。

 自らイニシアティヴをとって大きな決断をするためには独断専行型のリーダーシップが想起されやすい。政治の世界で言えば、田中角栄や小泉純一郎のようなリーダーが典型的な例であろう。しかし、本書で描かれる鈴木のリーダーシップから私たちが学ばぶものは多いのではないだろうか。

 日本中に待つだけの時間がおとずれた。児玉、厚木の両基地でも、搭乗員、整備員らがすべて集められ、正午の放送を待っていた。滑走路のコンクリートが照りつける陽光を反射して、むれかえるようである。児玉基地の野中少将は熊谷市が劫火につつまれるのを眼のあたりにして、自分たちの努力のなお足らざるに歯ぎしりし、それゆえに、今日の放送はいっそうの奮励努力を天皇がいわれるのであろうと考えていた。(332頁)

 玉音放送直前の静謐な様子が端的に表されている。読んでいるこちらも襟を正し、固唾を吞むような気持ちになってくる。

 このような瞬間が、今後、私たちの身の回りに起こらないように、努力し続ける必要があるだろう。それこそが、歴史を学ぶ意義の大きな一つではないだろうか。

【第866回】『ノモンハンの夏』(半藤一利、文藝春秋社、2001年)
【第46回】『昭和史1926−1945』(半藤一利、平凡社、2009年)
【第47回】『昭和史1945−1989』(半藤一利、平凡社、2009年)

2018年9月24日月曜日

【第887回】『村上海賊の娘(二)』(和田竜、新潮社、2016年)


 一巻ではコメディに近い作品かと思っていたが、二巻に入ると、大坂本願寺と織田軍との手に汗握る戦闘へと場面が展開される。闘いの中で描かれるのは、闘いの前日までは酒宴などで明るく快活な描写の多かった海賊の頭領たちのリーダーシップである。

 同じ泉州の者が窮地に陥れば、形振り構わず加勢に向かうのが、触頭たる者の第一の心得である。この心意気があってこそ、目下の者は頼もしく思い、守り立ててもくれるのだ。(226頁)

 泉州地域における覇権争いをしている家同士であっても、同じ織田軍の中で何れかが劣勢に立つと自ずとサポートをし合っている。飾らない自然体でリーダーシップを発揮していることが、部下たちのフォロワーシップを強化している様がきれいに描かれている。

 酒宴で泉州侍を思いのままに引き回し、木津砦では巨大な銛で我を救い、一万余の軍勢に敢然と立ち向かっては、同じ泉州侍の卑劣なやり口をも笑い飛ばす。
 そんな泉州侍の粋を集めたかのような男が自分を認めた。泉州侍の全部がそっぽを向こうとも、この大男だけは自分を知っている。(267頁)

 さらには頭領同士が、最初は反目し合っていたにも関わらず、闘いの中でお互いを認め合う様もまたいい。リーダーはリーダーを知り、お互いのリーダーシップの発揮に良い影響を与え合うものなのであろう。

【第384回】『国盗り物語(一)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第385回】『国盗り物語(二)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第386回】『国盗り物語(三)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)
【第387回】『国盗り物語(四)』(司馬遼太郎、新潮社、1971年)