2017年7月22日土曜日

【第729回】『人材開発研究大全』<第3部 管理職育成の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 第3部では管理職育成に関する人材開発に関する様々な研究が扱われており、個人的には最も興味を持って読み進めた。

 まず取り上げたいのは舘野泰一さんの「越境学習」(第22章)である。肌感覚としては、自社内でのOJTやOff-JTに頼る人材開発には限界がある。企業が用意した開発プログラムによって現場や研修会場で育成できるものは、予見できる領域に限られがちだからである。しかし、多様なメンバーからなるチームを率いる現代の管理職に求められるものは、予期できない文脈の中で価値を創り出す能力である。

 このように考えると、予測不能な変化の中で、異なる文脈を理解して乗り切るためのプログラムが必要となる。そのための一つの重要な手段の一つが、慣れ親しんだ自社のビジネスや仕事の仕方が通じない越境学習となる。

 では実際に越境学習によって学べるものは何か。著者は、社内の部門横断的な会への参加の有無、社外で開かれた会への参加の有無、という四象限に分けて分析を行った。その結果として、社外での学びによる効果として、キャリア成熟だけではなく業務能力の向上にもポジティヴな影響があったと結論づけている。

 さらに興味深いことは、社外に出ている人が組織に対して愛着を持っていないわけではない、という点である。加えて、こうしたオープンな学びを行っている人の中でも、より明確な目的意識を持って参加している人は、社外での学びから得られる成長実感が高いという結論も興味深い。

 これらの点を綜合して、拡大解釈を覚悟で述べれば、自身の現在や今後の業務における課題意識があり、それを解決することで自社に貢献したいからこそ、社内の視点に捉われない開かれた学びによってキャリア上の視点や業務の視点を拡げようとするのではないだろうか。その結果として、自身にとっての成長やキャリア展望が進み、中長期的な視点で自社の業務にもポジティヴな影響を与えると考えられる。

 こうした個人が主体となる越境学習を、複数の企業が集まってデザインしている先進的な取り組みが第23章で扱われている。著者らが取り組んでいる異業種5社による美瑛町での地域的課題の解決策を提案する次世代リーダー候補の管理職研修である。

 以前から羨望の眼差しで注目していた取り組みであり、本章ではその事後における効果測定の結果も述べられている。研修終了6ヶ月後の職場における研修効果の分析の結果を端的に述べている。

 多様なメンバーとの協働経験が、仕事の意味づけや課題の本質について思考すること、相手の主張に耳を傾ける行動と相関を示し、新たな試みができないかを考えるようになったという思考習慣の涵養、新しいビジネススキルを積極的に学ぶようになったことや、会社の将来の課題について社内のメンバーと話し合うようになったという行動は、ロジスティック回帰分析で優位を示した。定性的な評価においては、相手目線の意識や対話の工夫など、多様な参加者との議論を円滑に行うスキルを身につけていることがうかがえた。(604頁)


 第22章でも述べられていた越境学習の効果が、リーダーシップの涵養を目的としたセッションでも認められたようだ。リーダーシップは6ヶ月で効果が出るような短期的な学びを目的としたものではないし、定量的に効果を測ることは難しいだろう。しかし、そこで得られるものの萌芽が本章では描かれているし、何よりこうした新しい試みをしてその効果を明示しようという取り組み自体が素晴らしい。


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