2017年3月4日土曜日

【第684回】『フィードバック入門』(中原淳、PHP研究所、2017年)

 本書では、良くも悪くも着目されつつあるフィードバックの重要性について、簡潔かつ丁寧に描かれている。著者の書籍を読むたびにほぼ同じ感想を抱くが、ここまで実務家にとって痒いところに手が届く作品は、大変ありがたい。

 フィードバックが重要であると単に述べることは簡単だ。しかし、フィードバックをビジネスの現場において定着させるということは難しい。業務の複雑さが増し、ビジネスを取り巻く環境変化の速度が上がる現代において、業務と直接関連しないものに時間を割くことに、抵抗を受けることが多いからである。さらには、評価プロセスの細かさや精緻な運用が、最近ではすこぶる評判が悪いようだ。グーグルやGEといったアメリカ企業でMBOの厳格な適用が廃止され、精緻な評価がなされなくなってきているという。

 たしかに、不必要に目標管理に時間を割くことは不要であるし、ビジネスにとって良い影響を与えるものではないだろう。目標は期中にも変更するものであるし、厳格に評価を正規分布させることにもあまり意味がないかもしれない。しかし、現在の日本企業において、目標管理制度の運用を弱めたり、廃止したりする動きには大きなリスクを孕むのではないか。

 なぜなら、本書の主題であるフィードバックの機会が減るからである。日本企業においては、フィードバックが日常においてルーティーンとして定着していないところが多い。そうした状況下でフィードバックを伴うMBOが廃止されると、業務能力を向上し組織の成果を上げるための機会を減らす事態になってしまうのではないか。

 そもそも企業においてなぜフィードバックが求められるのか。その重要性の一つは、部下育成にあり、部下育成を検討する上で有効な二つの軸が本書では挙げられている。一つは経験軸であり、「部下に適切な業務経験を与え、ストレッチゾーン(挑戦空間)に促す」(kindle ver. No. 1242)と定義づけられている。経験獲得競争とも言われるように、与えられる業務経験によって人の成長度合いは異なってくる。反対に言えば、部下がストレッチして成長できるように業務をいかにアサインするかということが育成において求められるのである。

 もう一つは「「業務支援」「内省支援」「精神支援」による面の育成」」(kindle ver. No. 1242)というピープル軸である。つまり、一人の社員を取り巻く職場の多様な人材に因る多様な関係性から面で育成を捉えるという考え方である。面の育成という考え方は著者の『職場学習論』に詳しいのでそちらを参照されたいが、要は、多様なステイクホルダーから多様な側面に関してフィードバックをすることで育成を促そうというものである。こうした考え方は、育成される部下側にとって役立つだけではなく、育成責任を個人ではなく部署で負うことで、各人の負担を軽減しながら効果を高めることもできる。

 こうした二つの部下育成の軸を基にしながら、フィードバックの二つの機能が提示されている。第一に情報通知がある。部下が経験しているものを客観的に見えるようにすることで、その部下の業務遂行を支援するという考え方である。情報通知を踏まえてどのように立て直しを支援するかが第二の点である。つまり、部下自身に内省を促し、自分自身で解決するという精神支援を行うということである。

 こうした概念的な重要性を具体的に事例として述べられていることも本書の特徴である。本書でも述べられているように、フィードバックの現場を観察することは通常は行われない。だからこそブラックボックス化している中で、優れた事例を匿名で挙げられているのは、ピープル・マネジャーとして部下へのフィードバックが求められている身にとって、大変優れた教材である。特に興味深いと感じた二つの箇所をいかに引用しておく。

森岡 ストレートに言うことと少し矛盾するように思えるかもしれませんが、「決めつけない」ことは心がけています。いくら情報収集をしても、絶対的に正しい事実をつかめるということはありえません。物事というのはすべて関係性の中で相対的でありますから、真実は一つではないはずです。
 だから、自分が何でも知っているとは思わず、「こういうふうに見えるよ」とか「こうなんじゃないのか?」などと、断定しないようにして、できるだけ客観的事実を並べるようにしますね。(kindle ver. No. 1645)


森岡 面談が終わった後で、部下にまとめてもらったものを、私の元に送ってもらうようにしています。これは自分で議事録を書いている時間がないというのもありますが、もう一つ狙いがあります。それは、部下が本当に私の話の内容を理解しているのかどうかを知るためです。(kindle ver. No. 1663)


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