2016年12月31日土曜日

【第659回】『ハゲタカⅡ(下)』(真山仁、講談社、2007年)

 小説も映画も基本的にはハッピーエンドが好きである。ハラハラとしながらも、最後に鷲津が勝ちを収める展開は、私にとって心地よいものであった。

 「サムライというのは、死に場所を探すために生きることだと多くの人たちは勘違いしている。本当のサムライは、いつどこで死んでも悔いのないよう、どう生きるかを常に考えているのだ。それを政彦は言葉ではなく生き様として見せてくれるんだ。日光で二人で散歩していた時にそう語ってくれたアランの言葉が忘れられない。だが、今の君は何だね。まるで死に場所を探し求めてさまよう亡霊のようじゃないか。サムライ魂はどこかに置き忘れてきたのかね」(388~389頁)

 日本人論として武士を用いることはあまり好きではない。社会学でよく言われるように、江戸時代における武士階級の人口は、全人口の数%に過ぎず、そうした階層が<日本人>を代表するという論には無理があるからだ。


 しかし、そうした文脈とは離れた中において、ここでの発言には心に訴えかける何かがある。何のために生きるのか。死んでしまった近しい存在に対する償いとは何か。企業買収やマネーゲームといった泥々とした世界の中で、時代の寵児として持て囃されるが決して聖人君子ではない鷲津の生き様に魅せられた。

2016年12月25日日曜日

【第658回】『ハゲタカⅡ(上)』(真山仁、講談社、2007年)

 学生時代に読んだ「アカギ」の影響で、鷲津という名前から無条件で悪役の印象を持ってしまう。だからこそ、本シリーズの主人公・鷲津にもそうしたネガティヴなイメージがあった。

 しかし、前作の下巻あたりからその印象が私の中で崩れ始め、本作ではさらにそのイメージが変わってきている。正義と悪といった安易な二項対立を日常的には戒めているのに、物語の中にはそうしたものを求めてしまうのだが、それが覆されるというのも面白いものだ。

 鷲津にはこの国は「絶望の大陸」にしか見えない。長い歴史の中で熟成された御上に盲従する社会、事なかれ主義を尊ぶ為政者、そして何が起きているのかを見ようともせず、日々の暮らしに享楽する人々……。(61頁)

 痛烈な日本の描写でありながら、首肯せざるを得ない一面もあるのではないかと思わせられる。しかし、その後で、著者は、鷲津の思いとしてそれをすぐに覆させる描写を持ってきている。

 この街の風景も一年前と全く変わっていない。だが変わっていないのは、どうやら見かけだけのようだ。俺の知らないところで、この国はどんどん変化している。目に見えない変化ほど怖いものはない。(148頁)


 ずっと中にいると変化には気づかない。しかし、外に出て時系列を一旦置いてみることで変化に気づくことが可能となる。一見して変化が見えないにも関わらず、その内実が変わっているということほど、怖いものはないだろう。


2016年12月24日土曜日

【第657回】『ハゲタカ(下)』(真山仁、講談社、2006年)

 金融業界の買収劇。金銭だけが問われるドライな世界であるかのように思えるが、本作で描かれるドラマは、良くも悪くも人の匂いに溢れている。

 続巻がありながらも、一旦クライマックスを迎える本書の最後のシーンは、美しい。

 渡り廊下の向こうに見える海に、静かに夕陽が沈んでいった。
 そして再び闇が広がろうとしていた。
 夕陽は、明日の希望ではなく、絶望という闇の始まりに過ぎない。
 ここは、絶望の大陸。そんな、歌があったな。
 絶望、結構じゃないか。

 それが、俺達の餌になるんだから……。(417~418頁)


2016年12月23日金曜日

【第656回】『ハゲタカ(上)』(真山仁、講談社、2006年)

 アジア通貨危機後の日本の金融界における混乱の記憶が鮮明でありライブドアや楽天といったIT企業による買収が注目を集めた時期によく読まれたのも納得だ。しかし、文庫版が出てから既に十年も過ぎた今の時代に読んでも面白いのだから小説として素晴らしいのであろう。

 「相変わらず芝ちゃんは責任感過剰ですね。銀行の罪を自分一人で、全部ひっかぶらんばかりじゃないですか。今の危機はね、誰が悪いとかでないと僕は思いますよ。日本人が全員、欲の皮を突っ張らかして夢の中のあぶく銭を本物だと錯覚して、今なおその悪夢から覚めることに駄々をこねている。でも、一人また一人、その夢から揺り起こされ、現実を見せられて震撼している。そういうことですよ。誰か悪い人がいるなら、僕ら全員ですよ。だから、タチが悪い」(87頁)

 バブルを生み出した原因として、銀行に勤めている芝野が責任意識を強く感じていることに対して、彼の友人が優しくも厳しくも指摘をする。日本経済を震撼させたバブルのような大きな事象でなくとも、自分で問題を抱え込むことを私たちは時に行ってしまう。それは、日本では美徳とも受け取られるものでもあるが、行き過ぎると自分で何事も遂行してしまい他者を信頼する気持ちが弱くなってしまう。その結果として、他者からも心からの信頼を得られなくなる可能性がある。

 「そうしてくれ。いいか、アラン。これだけは肝に銘じておけ。ビジネスで失敗する最大の原因は、人だ。味方には、その人がこの闘いの主役だと思わせ、敵には、こんな相手と闘って自分は何て不幸なんだと思わせることだ。そして、牙や爪は絶対に見せない。そこまで細心の注意を払っても、時として人の気まぐれや変心、あるいはハプニングのせいで、不測の事態が起きるんだ。だから結果を焦るな。そして馴れ合うな、いいな」(453頁)


 韓非子を彷彿とさせる人間観ではないだろうか。勝負や交渉に徹すれば、こうした捉え方もできるのであろうが、果たしてそこまで冷静に、ビジネスに殉じることができるかどうか、自分には心もとない。


2016年12月18日日曜日

【第655回】『峠(下)』(司馬遼太郎、新潮社、2003年)

 恥ずかしながら北越戦争を知らなかった身としては、継之助を官軍との激戦に追いやった時代の流れに引き込まれた。時代の潮流を読み、先んじた行動を行い、ネットワークを広く持っていても、必敗の戦いへと赴かざるを得なかった長岡藩の悲運が印象的な結末である。

 「人は、その長ずるところをもってすべての物事を解釈しきってしまってはいけない。かならず事を誤る」(25頁)

 思わずハッとさせられる至言である。人は、自身の弱みのすぐそばに強みがあると俗に言われる。この言葉を反対にすれば、強みと思っているもののすぐそばには弱みがあるものであり、だからこそ、自分自身の強みを以て物事を解釈しようとすると、時に誤るのであろう。論語の「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」(先進 第十一・一六)を彷彿とさせる。

 私はこの「峠」において、侍とはなにかということを考えてみたかった。それを考えることが目的で書いた。
 その典型を越後長岡藩の非門閥家老河井継之助にもとめたことは、書き終えてからもまちがっていなかったとひそかに自負している。
 かれは行動的儒教というべき陽明学の徒であった。陽明学というのは、その行者たる者は自分の生命を一個の道具としてあつかわなければならない。いかに世を済うかということだけが、この学徒の唯一の人生の目標である。このために、世を済う道をさがさねばならない。学問の目的はすべてそこへ集中される。(434頁)


 著者がなぜ本書を著したのかについてあとがきでこのように述べている。侍とは何かという命題については、新渡戸を持ち出すまでもなくこれまで論じられてきた。正直、あまり興味を持てなかった。しかし、本作を上巻から下巻まで読み進める中で、継之助の合理的かつ先見的なものの見方を以てしても、自藩への想いから薩長との戦いを決断させられた背景に、侍という存在を感じずにはいられなかった。こうした観念的な何かを想定しなければ、彼の行動を説明することが極めて難解なのである。このような新しいものの見方ができたという意味でも、本作は非常に興味深い作品であった。


2016年12月17日土曜日

【第654回】『峠(中)』(司馬遼太郎、新潮社、2003年)

 大政奉還後の諸藩の混乱。官軍としての薩長土と、賊軍としての徳川および佐幕派という分かりやすい構図を後世の私たちは描く。しかし、当時を生きた各藩の人々には難解で、決断を下しづらい状況であったのだろう。

 混沌とした環境において河井継之助がどのように情報を収集し、どのような決断を下し、どのように組織を動かしたか。薩長にも佐幕にも距離を保ち、いかにして自藩を存続させるための彼の生き様には魅せられる。

 よき孔孟の徒ほど、老荘の世界への強烈な憧憬者さ。しかし一生、そういう結構な暮しに至りつけないがね(158頁)


 継之助が独り言のように呟く言葉である。論語好きな身として、とてもよく分かる一言だ。私自身、老子も好きでよく読み返すが、より読み返すのは論語であり、論語をより身近に感じる。そうであっても、老荘が描く世界観への憧れや、理想像としての魅力はよく分かる。


2016年12月11日日曜日

【第653回】『峠(上)』(司馬遼太郎、新潮社、2003年)

 時代の変曲点においては、様々な人物が現れるものである。著者が描く幕末から明治初期における傑物はそれぞれに特色があり、本書で描かれる河井継之助もまた、そうした人物の一人である。
 私たちは歴史の教科書で、薩摩、長州、土佐といった倒幕に関わった藩に関してや、そこから出てきた人物たちについて学ぶ。また、滅びゆく江戸幕府の最後を明るくする新選組の物語にいくばくかの共感をおぼえる。しかし、越後長岡藩に着目することは少ないのではないか。浅学な私にはそうであり、本書ではじめて同藩の河井継之助という人物を知ることになった。
 人間はその現実から一歩離れてこそ物が考えられる。距離が必要である、刺戟も必要である。愚人にも賢人にも会わねばならぬ。じっと端座していて物が考えられるなどあれはうそだ――と継之助はいった。(16頁)
 物事を考える時に一人で沈思黙考したり散策することも有効であろう。しかし、それだけで何らかの気付きを得られるのは限られた天才だけなのではないか。むしろ、多様な人と会って対話を行うことで、その過程を通じて過去の自分の価値観にとらわれない何かを掴み取ることが可能である。特に、既存の価値観や認識が通用しない変化の激しい時代においては、なおさらであろう。
 継之助の場合、書物に知識をもとめるのではなく、判断力を砥ぎ、行動のエネルギーをそこに求めようとしている。(309頁)
 ついつい知識をもとめる読書をしてしまいがちな私にとって、興味深い指摘である。本を読むことによって、行動を起こすという発想は面白い。加えて、表面的で即効性のある浅い書物ではなく、含蓄があって難解な書籍を何度も読み返すことで、自分自身の行動に繋げると述べているということに着目したい。
 「先生の日常になさることを学びたくて参ったのでございます」(400頁) 
 師を求めて、備中松山に山田方谷を尋ねた継之助。彼が、方谷から講義はしないし指導はしないと言われた後に述べた言葉が上に引用した箇所である。尊敬する人物が発言している内容に注目することはたやすい。しかし、本当に学ぶためには、彼()の視線の先に何があるかを身近で観察し、そこから洞察することが重要なのではないか。それが師事するということなのかもしれない。


2016年12月10日土曜日

【第652回】『茨木のり子詩集』(谷川俊太郎選、岩波書店、2014年)

 言葉を大事にしたいのならば詩集を読め、と以前言われたことがある。何冊か読んだが、なかなか定着せず、数年間、詩から遠ざかってしまっていた。お勧めを受けて本書を読んでみて、茨木さんの言葉遣いに感じ入った。美しい日本語や感性に触れると、気持ちが清々しくなる。

 人に伝えようとすれば
 あまりに平凡すぎて
 けっして伝わってはゆかないだろう
 その人の気圧のなかでしか
 生きられぬ言葉もある(「言いたくない言葉」より(142~143頁))

 言葉は文脈の中で生きる言葉である。ある部分を意図的に抜き取ることは、その言葉を紡ぎ出した人の意思に反することになりかねない。上記のような引用をする時に私自身も留意しているつもりであるが、身が引き締まる思いがする。

 不惑をすぎて 愕然となる
 持てる知識の曖昧さ いい加減さ 身の浮薄!
 ようやく九九を覚えたばかりの
 わたしの幼時にそっくりな甥に
 それらしきこと伝えたいと ふりかえりながら
 言葉 はた と躓き 黙りこむ(「知」より(163頁))


 軽々に何かを知っているということに気をつけたい。自分自身が認識したり知覚しているものを言葉にすることで、何かが抜け落ちる。そうした覚悟を持った上で、言葉にすること。だからこそ、自分が発する言葉を大事にしたい。

2016年12月4日日曜日

【第651回】『下町ロケット』(池井戸潤、小学館、2013年)

 面白い。スピードの速さと展開の絶妙さ。これだけ面白い小説を書き続ける著者の着想はどこから来るのだろうか。

 人間ドラマというような括り方をするのではなく、仕事観を考えさせられた。組織を束ねる理由は何か。仕事とは何か。何のために働くのか。

 しかし、仕事というのはとどのつまり、カネじゃないと佃は思う。いや、そういう人も大勢いるかも知れないが、少なくとも佃は違う。
 子供のころアポロ計画に興奮し、ロケットのエンジン部品を作る機会など、人生のうちに二度と巡っては来ないかも知れない。特許使用料など、それに比べたらちっぽけなものではないか。
 「ウチらしいやり方で行きたいんだ」
 佃はいった。「いままで地道にエンジンを作って来ただろ。持っている技術で一生懸命エンジンを作り、お客さんに喜んでもらう。いままでそうやって来たんじゃないか。今度のお客さんは帝国重工だ」(227頁)


 組織としてやるべきこと、自分ができること、自分がやりたいこと。この三つが交わる箇所に、自分の業務やキャリアを位置付けることが重要であると言われる。しかし、往々にして最初のものは当たり前として与えられ、それが二番目の要素に組み合わされば御の字であり、最後の要素はなかなかケアされづらい。黙っていればないがしろにされがちになり、長い期間が過ぎて自分自身のやりたいことがわからなくなる。だからこそ、最後の要素を意識的にリマインドし、そこから自分の業務やキャリアをデザインしようとすることが大事なのではないだろうか。


2016年12月3日土曜日

【第650回】『夜明け前 第二部 下』(島崎藤村、青空文庫、1935年)

 結末が暗い作品は、個人的には得意ではない。悲劇で終わると、余韻も暗く、その作品すべての印象がネガティヴになってしまう。もっと成熟した読書ができればと思うが、どうしてもこの傾向は拭えない。しかし、本書の悲劇的結末の最後の箇所には、美しさを感じた。

 その時になって見ると、旧庄屋としての半蔵が生涯もすべて後方になった。すべて、すべて後方になった。ひとり彼の生涯が終わりを告げたばかりでなく、維新以来の明治の舞台もその十九年あたりまでを一つの過渡期として大きく回りかけていた。(kindle ver No.5524)

 大作の最後を飾るにふさわしい名文ではないだろうか。


 ある人物ひとりがその生きた時代を象徴するというのは幻想に過ぎない。意図的にそうした構造を創り出そうとする言説に、私たちは警戒した方がいいだろう。それでも、ある時代、ある地域における環境は、そこに生きた人物に影響を与えるのもまた、蓋然性の高い事実であろう。環境に翻弄されながらも真面目に生きてきた半蔵が、人生の最後において精神破綻を来したのは、時代環境の為せるわざでもある。