2016年6月18日土曜日

【第588回】『アライアンス』(リード・ホフマンら、篠田真貴子監訳、ダイヤモンド社、2015年)

 本書では働く個人と企業組織との心理的契約をコミットメント期間という概念で説明されている。個人と企業との新しい関係性と働き方を提示する好著だ。

 伝統的な大企業では、終身雇用のように超長期的な安定的な暗黙の労働契約が企業と個人との間で為されてきた。他方で、2000年頃からはフリーエージェントと呼ばれる短期的なプロジェクトに基づき、企業という枠組みに捉われない働き方も市民権を得てきた。本書で提示される「コミットメント期間」という考え方は、両者とは異なる第三の働き方であると言えよう。端的には、「長期的な関係のために定期的に仕事を変える」(Kindle No. 452)という考え方に基づいて、特定の期間におけるプロジェクトや職務をコミットメントとして個人と企業とで締結される。ベースとなる考え方は、「ミッションを期限内に成し遂げることに専念し、そこに個人の信用をかけている」(Kindle No. 467)であり、信用や信頼が鍵概念となる点に注目すべきだ。

 働き方を「いくつものコミットメント期間の積み重ね」という形に位置づけ直すと、起業家タイプの人材を惹きつけ、自社で働き続けようと思ってもらいやすくなる。トップレベルの人材を雇いたい時も、得られるメリットと成功の果実が明快に見える「コミットメント期間」を提示するほうが、「貴重な経験ができますよ」などとあいまいな約束をするより説得力がある。魅力的なコミットメント期間を設計できれば、「個人としてのブランド力」を高める具体的な道筋を示すことになる。自社にいる間も他社で働くことになっても通用するような個人ブランドだ。特定のミッションを統括する、実際のスキルを取得する、新たな関係を構築するなど、具体的な内容を「コミットメント期間」ではっきりと見せることができる。(Kindle No. 477)

 働く個人がプロフェッショナルとして顧客や自組織に貢献する上で、コミットメント期間を一つひとつ積み重ねていくという考え方はわかりやすい。現代における日本での企業実務の観点からすれば、ある時点におけるコミットメントは一つの職務に限定されるのではなく、複数のコミットメントが絡み合うことになるだろう。一つひとつのコミットメントが魅力的なものであれば、職務やプロジェクトを通じて個人は自分自身を磨くことができる。企業の立場から見れば、魅力的なコミットメント期間を提示することで、優秀な人材をリテインするということが求められる。そうでなければ、優秀な人材は他の企業における魅力的な役割に逃げてしまうだろう。コミットメント期間を提示することが個人に離職を促すことになるのではないかという見解もあろうが、著者らは以下のようにその前提となる考え方を否定する。

 本書執筆のために話をしたマネジャーの中には、コミットメント期間という枠組みが社員の離職を「あらかじめ許す」ことにならないかと心配する向きもいた。だが、離職は会社側が許す・許さないと決められるものではない。そのような権限が会社にあると思うのはただの自己欺瞞であり、社員との間に不誠実な関係を生み出すことにつながる。本当は、社員が転職するのに会社の許可はいらない。会社にその権限があると主張してみたところで、彼らは会社に隠れて転職活動をするだけのことだ。(Kindle No. 491)

 辛辣な主張にも一見思えるが、事実が端的に指摘されていると言えるだろう。企業が優秀な人材を惹きつけるためには、外的な報酬というよりもコミットメント期間によって提示される内的な報酬が必要不可欠だ。だからこそ企業は、もっと具体的に言えば、すべてのマネジャーは、部下にとって魅力的なコミットメント期間を用意することが求められる。

 こうしたコミットメント期間という考え方を基にすれば、マネジャーと部下との関係性のあり方も変わってくる。第一には、パフォーマンスマネジメントである。

 コミットメント期間を導入すると、従来型の年次ベースの業績評価はほとんど無意味になる。カレンダーではなくコミットメント目標がコミットメント期間を規定するからだ。(Kindle No. 1109)

 年初に目標を設定し、中間時点でフォローし、期末に評価を行う。私たちはこうした年間ベースでのパフォーマンスマネジメントを当たり前のものとして扱ってきたが、近年ではグーグルでの事例を一つの嚆矢として評価を考え直す時期に来ている。そうした中で、上記に引用しているように、評価をなくすのではなく、評価の捉え方を年間という期間ではなくコミットメント期間に基づいて行うというのは合理的であろう。

 パフォーマンスマネジメントにおける期間が変わることで、第二に、マネジャーと部下とのコミュニケーションの有り様も変わる。

 世のマネジャーの大半は、部下の「管理」に多大な時間を割いているが、率直な対話を行い、具体的な期待水準を合意するためのしっかりした枠組みはない。コミットメント期間という枠組みを使えば、あいまいかつ暗黙の「対話」プロセスを体系化し、はっきりと言語化することができる。(Kindle No. 567)

 時季的な期間に基づいたコミュニケーションでは、個別的かつ具体的なフィードバックが難しい局面が生じる。あるプロジェクトが中途半端な状態ではそれを以ってフィードバックすることは難しい。しかし、コミットメント期間に基づいていれば、職務の区切れやタイミングに応じて評価に関するフィードバックを行うことができる。職務と適合したフィードバックであれば、マネジャーは自然と行いやすく、また個人にとってもすんなりと受け容れやすい。評価によって業務の遂行をすすめるという、パフォーマンスマネジメントの字義通りの本旨に即した運用ができるのである。

 第三に重要なのは、マネジャーと部下という関係性が大事でありながらも、その起点は働く個人の側にあるという点である。

 コミットメント期間は上司がすべてを設計するのではなく、本人が中心となって設計作業を進める必要がある。(Kindle No. 714)

 何もかも企業やマネジャーが働く個人に付与するというのは、従来型の企業における人事管理・人的資源管理の思想である。そうではなく、働く個人と企業とが対等なパートナーシップによって価値を創造する考え方に基づけば、企業側が成長の機会を提供する一方で、個人側はチャレンジを提供する。こうした相互の努力の重なり合いが、現代の企業における価値共創のあり方なのではないだろうか。

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