2016年4月16日土曜日

【第565回】『彼岸過迄【2回目】』(夏目漱石、青空文庫、1912年)

 後期三部作の第一作を改めて。

 彼は眠い時に本を読む人が、眠気に抵抗する努力を厭いながら、文字の意味を判明頭に入れようと試みるごとく、呑気の懐で決断の卵を温めている癖に、ただ旨く孵化らない事ばかり苦にしていた。(Kindle ver. No. 1258)

 やるべきこと・やりたいことが明確にあるにも関わらず、できない理由が目につき、やる気も起きずに終えてしまう心持ち。そして、そうした状態に苛立つ気持ち。私たちに日常的に訪れるそうした感覚が見事に描き出されている。

 僕は目的もなく表へ出た。朝の散歩の趣を久しく忘れていた僕には、常に変わらない町の色が、暑さと雑沓とに染めつけられない安息日のごとく穏やかに見えた。(Kindle ver. No. 4759)

 衝撃を受ける話を聴き、気持ちの整理がつかない中で夜を過ごし、朝を迎える。そうした時に外を漫然と歩きたくなる気持ち、またそうして歩いている時に感じる風景の様子。人の感情の機微を深く理解する、文豪の卓越した文章表現である。

 こんなつまらない話を一々書く面倒を厭わなくなったのも、つまりは考えずに観るからではないでしょうか。考えずに観るのが、今の僕には一番楽だと思います。(Kindle ver. No. 5478)

 考えすぎる人にとっては、「考えずに観る」という態度が時に大事なのかもしれない。身につまされる思いのする箇所である。


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