2015年11月8日日曜日

【第512回】『オリエンタリズム 上』(エドワード・W・サイード、板垣雄三・杉田英明監修、今沢紀子訳、平凡社、1993年)

 学部の頃から本書には興味関心を持って読んできたが、これまではなかなか馴染めなかった。今回、改めて読んでようやく、しっくりきた感じがする。まだ読解できない部分もあるが、学びに繋がったポイントをいくつか記していきたい。

 オリエンタリズムとは、オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式なのである。(21頁)

 一つの概念としてオリエンタリズムを描き出そうとした著者。上記の端的な定義づけに、その内容が凝縮されている。

 バルフォアにとって、知識の意味するところは、文明をその起源から、盛時、衰退に至るまで概観することーーそして、もちろん、概観することが可能だ、ということである。そしてまた、知識とは、直接性を乗り越え、自我を超え出て、異質性、遠隔性の彼方にまで上昇することを意味している。こうした知識によって対象化されるところのものは、本来、調査=詮索にもてあそばれる脆弱性を帯びざるをえない。しかもここでの対象とは、たとい諸文明の変遷に見られるごとく、それ自体、発展・変化・変形をとげることがあるにせよ、それにもかかわらず基本的に、いや存在論的にさえも、不変の安定した「事実」そのものなのである。そのようなものについて先述のごとき知識をもつということは、それを支配すること、つまり、それに対して権威を及ぼすということにほかならない。ここでいう権威とは、「我々」が「それ」ーーオリエントの国ーーの自主性を否認するということを意味する。なぜなら、我々はそれを知っているとともに、またそれがある意味で、我々が知っているがごとくに、存在しているからである。(82~83頁)

 知識とは対象を客観的に把捉することを可能とし、そうして把捉できるものに対して、私たちはあたかもそれを支配しているかのような感覚を抱く。そうした認識は主体者の認識におけるパラダイムとなり、特定の知識によっては、あまねく対象を特定の内容にしか理解できないように、認識のフォーカスが狭められる。知識の可能性というよりも、その内在的な制約に焦点を当てたこの指摘は、心して受け止めたい部分である。

 クローマーとバルフォアの言葉は、東洋人をば、あたかも(法廷で)裁かれるような存在として、あたかも(カリキュラムに沿って)学習され、図画として描かれるような存在として、あたかも(学校や監獄で)訓練を施されるような存在として、またあたかも(動物図鑑において)図解されるような存在として描出するものであった。要するに、東洋人は、いずれの場合にも、支配を体現する枠組のなかに封じ込められ、またそのような枠組のもとで表象される存在なのである。(中略)
 オリエントは、まさしく、教室や刑事裁判所や監獄や図鑑というような枠組によって規定される存在として眺められた。つまりオリエンタリズムとは、オリエント的事物を、詮索、研究、判決、訓練、統治の対象として、教室、法廷、監獄、図鑑のなかに配置するようなオリエント知識のことなのである。(100~101頁)

 知識として同定されると、それは既存の体系の中に整理されることになる。こうして、主体者は知識によって客体を支配する構図ができあがる。subjectという単語が、主体と対象という意味合いを同時に持つことから、主体と対象とは相互依存的に成立するということがよく言われる。知識というレンズを用いて、客体を支配することで主体意識が生まれる構図は、ここでの著者の指摘を読めばよく分かるだろう。

 知とは本質的に素材を可視的にするものであり、一覧表の目的とは一種ベンサム式の一望監視施設を建設することであった。こうして学問的規律=訓練は特殊な能力の応用技術となる。それは、使用者(やその弟子たち)のために、(もしその使用者が歴史家であるならば)これまでは見失われていたもろもろの道具と知識とを獲得させるものなのであった。(295頁)

 可視化されることによって、その存在は、常に観察可能な対象として、主体から監視される対象となる。その様をベンサムのパノプティコンを用いて表していることが、私たちの理解をより進めていると言えよう。

 何かある現実についての知識が一杯つまっていることを謳い文句としつつ、いま私が述べたのと似たような状況から生み出されてきたテクストは、そう簡単なことではお払い箱にされることがない。これは専門的著作と呼ばれ、場合によっては、学者や研究機関や政府がそれにお墨付きを与えることもある。そのおかげで、そのテクストは、現実的成功が保証する以上に大きな威信を担うことになる。そしてもっとも重要なことは、こうしたテクストが、たんに知識だけではなく、そのテクストが叙述しているかに見える当の現実をさえも創造することが出来るという点である。やがて、こうした知識と現実とは、一種の伝統を、つまりミシェル・フーコーが言説と呼ぶところのものを生み出すことになる。(223~224頁)

 さらに、知識が権威ある主体によってテクストとして編纂されることで、知識それ自体に権威づけがなされる。ここまで進むと、知識により描き出させる現実によって、ある種の現実解釈が創造されるということになる。こうした新しい解釈構造が、フーコーの言う言説として呼び表されている。

 文化とはすべて、生のままの現実に矯正を加え、これを捉えどころのない対象から一定の知識へと変化させるものである。これは我々が忘れてはならぬ事実である。問題は、こうした変換が生じること自体にあるのではない。これまで扱ったことのない未知の物体の攻撃を受けたとき、人間精神がそれに抵抗するのは至極当然のことである。だからこそ、文化はつねに異文化に対して完全な変形を加え、それをあるがままの姿としてではなく、受け手にとってあるべき姿に変えてから受けとろうとしてきたのである。(157~158頁)

 生活や現実解釈の集合である文化もまた、知識の積み上げとして創造される。そうした文化の出自を認識することで、異「文化」理解という、本質的に異なる「文化」を支配する言説構造を自覚することができる。そうした態様こそが、異「文化」の受容に繋がるのではないだろうか。

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