2015年7月26日日曜日

【第466回】『パラレルキャリアを始めよう!』(石山恒貴、ダイヤモンド社、2015年)

 パラレルキャリアとは、ドラッカーが『明日を支配するもの』で提唱した概念だそうだ。著者は端的に「会社勤めなどの本業をしっかりと持ちながら、本業以外に社会活動を行なう新しい生き方であり、仕組み」(Kindle No. 6)と定義づけている。こうした目新しい概念を把捉するためには、対義語と比較して考えると分かりやすい。著者は、パラレルキャリアの対概念として、シングルキャリアを置いている。その上で「自分が本業と考える組織、あるいは役割に全面的に依存してしまい、その価値観を疑問の余地なく受け入れ、その状態から変化する可能性すら想定していない場合」(Kindle No. 116)と定義する。したがって、自分自身の役割を多様に捉え、それぞれの役割の変容やその統合体としての自身のあり様の多様性を意識的に捉えることが、パラレルキャリアの本質と言えよう。さらには、もはや「本業」という考え方自体が、旧来の外的キャリアを重視するパラダイムに属するものと考えられるのかもしれない。

 こうしたパラレルキャリアが着目されつつある背景には、花田(2013)が指摘するように、ダイナミックプロセス型のキャリア形成の重要性が増してきた環境要因がある。

 変化が激しく、厳しい競争状況にある今の組織の状態では、一般的な報酬満足(外的キャリア)や、自分が意味があると考えている仕事(内的キャリア)や、自分にとって重要と思われる仕事の遂行プロセス(従来型のプロセス論)よりも、成長やキャリアチャンスの拡がりといったダイナミックプロセスが重要となる(『「働く居場所」の作り方』(花田光世、日本経済新聞出版社、2013年)、106~107頁)

 以前の、予定調和性の高い環境においては、長期的なキャリアゴールから逆算的に最適解を導き出すという静的なキャリア観でも対応できたであろう。しかし、グラットン(2012)でも明らかなように、環境変化が激しい状況においては、現時点である職業に求められる要件は数年後には大きく変わっているし、そもそもその職業が存在するかどうかも不確かだ(『ワークシフト』(L・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社、2012年))。したがって、私たち個人にとっては、環境や自分自身の変化を所与に置いた上で、いかに自分自身を変化・変容させるかという動的なキャリア観が大事になってくる。このように考えれば、ある時点において一つの職務や役割を全うするというアプローチから、ある時点において複数の職務や役割を同時並行的に担うというパラレルキャリアへと移行するのは必然であろう。なにも必要に迫られて、プレッシャーを感じながら複数の役割を担う必要はない。むしろ、多様な役割をたのしみ、それぞれの変容をたのしむというマインドセットで臨めば、パラレルキャリアは私たちにとって一つの魅力的な働き方であり、生き方である。

 では、具体的にパラレルキャリアにはどのような効用があるのか。働く個人に関するものと、周囲の他者に与えるものという二つに分けて考えられるだろう。

 パラレルキャリアを志向する個人にとっては、それぞれの「仕事にメリハリをつけようという意識」が高まる(Kindle No. 1712)。日本におけるホワイトカラーの生産性の低さが指摘されることも多い中で、パラレルキャリアによって、業務の効率性や生産性に意識が向けられるということは重要な指摘であろう。さらに、個人の中で何にどれほどの時間的・精神的な資源を費やすかということを考え、また実際に投資した結果から自身の興味・関心に気づくこともできるのではないか。パラレルキャリアにおいては、複数の役割を同時並行で行なうので、極論すれば、ある役割で多少うまくいかなくても問題は少ない。いわば、自身のキャリアをリスクヘッジするメリットがある。このように考えれば、青い鳥症候群のように、自身のキャリアについて過度に思い悩むという不健康な思考様式を抑制できるのではなかろうか。

 次に周囲への影響としては、リーダーシップの発揮の変容が挙げられる。著者は、特定非営利活動法人である「最高の居場所」の事例を取り上げながら、サードプレイスを「連携型リーダーシップと分散型リーダーシップを育むためにうってつけの環境」(Kindle No. 1178)と指摘している部分に着目したい。リーダーシップという概念には、個人がいかに周囲の他者や組織を巻き込んで自身の思い描くビジョンを基点に他者と分有して組織レベルでのビジョンへと変容させて協働していくというイメージが強い。しかし、自身が基点になるということにためらいを感じる人が多いことも実際にはあるだろう。そうした人にとって、最初から複数の人々の間で想いを共有して他者に影響を与える連携型や、各自の強みを持ち寄って目的を成し遂げようとする分散型のリーダーシップは、救いに なる考え方である。パラレルキャリアによって複数の組織でリーダーシップを発揮する際に、連携型や分散型のリーダーシップは、私たちの心理的な障壁を下げることに繋がるのではないだろうか。


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