2015年6月20日土曜日

【第454回】『人間の関係』(五木寛之、ポプラ社、2007年)

 著者の書籍はじわじわと考えさせられることが多い。それぞれの本で同じようなことが繰り返されているように思える時もあるのだが、それぞれに深みを感じさせてくれる。

 大事な人と長く人脈をたもちたいなら、常に一歩引いた目を忘れてはならない、ということです。相手を大切に思うからこその態度なのですから。(35頁)

 親しい人物に対しては、近い距離からのみ眺めてしまいがちである。そうすると、嫌なところや厄介な部分にばかり目が向いてしまう。しかし、相手を大切に思うのであれば、敢えて一歩引いて客観的に眺めること。そうすることで、相手の新たな内面に気づくことができるということではないだろうか。

 人間と人間のつながりも、自分個人の意志だけで生まれるものではありません。そこに自分を超えた見えない縁が働いている。
 そう思えば、人脈とは利益の共同体ではなく、運命の共同体ではないか、と思われてくるはずです。(38頁)

 人脈という言葉は、意図的に作るものであると捉えられがちだ。ビジネスの分野でネットワーキングや人脈構築という言葉づかいがなされると、モノのように扱われているとも言える。しかし、人脈とは、モノのように意識して創り出すものではなく、結果として紡ぎ出されるものである、という著者の言葉に耳を傾けることは大事であろう。

 かじかんだ手を揉みほぐし、血行をよくして稽古にはいるというのは、まことに合理的です。高価な道具をこわしたりしては大変ですから。しかし、そんな合理性とともに、動作は自然に美しく、という点にも感心しました。(114頁)

 作法に関する話である。作法とは、合理性と美しさという、理性と感性とが統合されて蓄積されるものである。したがって、頑に墨守すればよいというものではなく、美しく合理的なものが、作法と呼ばれるための条件なのであろう。

 自分の行為は決してむくわれない、そう思いながらも一生懸命尽くし、見返りをもとめない。すべて裏切られても仕方ないし、ひょっとしてほんの少しでも相手がそれに対して好意をしめしてくれたなら、飛び上がって喜べばいい。(169頁)

 何かをするときに目的志向ではなく、ただ単に目の前の相手のために行うこと。そうするマインドセットが他者にとっても、自分にとっても清々しいのではないか。

『人生の目的』(五木寛之、幻冬舎、2000年)
『他力』(五木寛之、講談社、2000年)

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