2014年2月16日日曜日

【第252回】『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)

 企業においてプロフェッショナルが求められるように喧伝され始めたのは2000年頃からであろうか。著者は、こうした企業において活躍するプロフェッショナルを組織内専門人材と呼ぶ。組織内専門人材が求められる時代・環境背景には大きく三つあるようだ。

 第一に、労働形態が多様化する流れにおいて、外部の労働市場が整備されている点がある。こうした外部労働市場の原理が、従来は企業の内部労働市場において囲い込まれていた中核人材に対しても影響を及ぼしている点が大きな要素となっている。ここから第二の点、すなわち専門性が求められるようになってきたという帰結が導かれる。つまり、企業内に閉じたジョブ・ローテーションによって幅広い職務を経験させることが合理的であった時代から、市場原理に耐えうるように特定の職務における提供価値を意識せざるを得ない時代への移行である。こうした外部労働市場への意識とともに、企業自体への意識という二つのコミットメントを同時に持つという日本において顕著な特徴が第三の「コスモポリタンかつローカルな人材タイプ」(37頁)という点に表れている。

 では組織内専門人材とはどのような人材なのだろうか。著者は、その特徴を以下のように挙げている(28頁)。

  • 組織内における一定の育成期間を経て、専門性の発達を遂げてきた人材タイプである
  • 個別企業へのコミットメントを有しながら、特定の専門職種よりは緩やかな範囲において、自らの専門性の発達を志向する人材タイプである
  • 組織内で醸成される専門性と組織外で醸成される専門性の双方を重視している
  • 組織コミットメントとプロフェッショナル・コミットメントの二重コミットメントを有する

 企業における人材に求められる要件が変化する背景には、職務に求められる要件の変化や多様化がある。したがって、組織内専門人材が行なう学習行動もまた、従来のものから変容を遂げていると著者は明らかにしている。企業が長期にわたって中核人材を囲い込む従来型の人材システムにおいては、上司による職務拡充を計画的に仕掛けていくOJTと、昇進・昇格のしくみと連動した同期や同役職間の交流や意識付けを目的とした階層別研修によるOff-JTという、企業内におけるタテとヨコの育成施策で網羅されていた。

 しかし、こうした企業内に閉じた学習は、環境変化の乏しい静的な環境では合理的であったが、それだけでは機能しないケースが増えてきている。そうした変化に対応するために、動的な学びの場を意識的に組織内専門人材は創り出しているのである。こうした新たな学習とは「相互作用として常に変化する」ものであり、「個人と共同体の社会的実践のあり方」と考えるべきであり、したがって、Lave&Wengerの「状況に埋め込まれた学習」が求められるのである(84~85頁)。さらに、職務と個人とが変化し続けるのであれば、「水平的に多様なメンバーと交流していく」という越境が重要になってくるのである(95頁)。

 多様な関係性の中でそれぞれの「状況に埋め込まれた学習」を一人の個人として統合する過程では、異なる共同体間における差異から葛藤も生じるだろう。しかし、それを悲観的に捉える必要はない。むしろ、「学習者または集団が、社会的葛藤としてのダブルバインドに直面してこそ、発達の再近接領域における学習が深化すると考えることができよう」(94頁)という意識で臨むことが有効であろう。

 こうした組織内専門人材の増加と、彼(女)らの学びのスタイルの変容により、キャリアを主導する主体が企業から個人へとシフトする動きは加速するだろう。では、自律的にキャリアを創り込む組織内専門人材に対して、企業はどのように対応するべきなのであろうか。

 著者は、その主要な対応策の一つとしてタレントマネジメントを取りあげている。すなわち、「ビジネス戦略、ビジネスゴールとの結びつきに留意しつつ、組織の重要ポジションに適材を発掘・育成・保持する包括的な努力」(140頁)というタレントマネジメントによって、組織内専門人材の積極的活用を促進しと同時にリテンションを狙う。ここでの主張は、旧来の静的マッチング志向に基づくタレントマネジメントを指していると考えるべきではないだろう。むしろ花田(2013)が述べるような、日常における業務での工夫や多様な学びを支援するための人事制度の統合的かつ個性型の運用のインフラの一種としてのタレントマネジメントと考えるべきではなかろうか。


 日本企業において求められる新たな人材像を組織内専門人材として定義付けし、その新しい学びを越境と関連させて明らかにし、企業に求められるサポートの変化の必要性を端的に指摘する本書の意義は大きい。私たち人事の実務家は、著者が明らかにした示唆と問題提起とを十全に噛み締めて、新しいパラダイムへの対応に取り組む必要があるだろう。

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