2013年11月24日日曜日

【第224回】『変革型ミドルの探求』(金井壽宏、白桃書房、1991年)

 名古屋に引っ越してから、自宅の近所にある図書館を利用することが増えた。本書も図書館で借りて読んだのであるが、数頁にわたって書き込みがあった。重要な点に線を引いたりキイワードが抜き書きされていたりするのではなく、文末の口調を書き変えるだけのものである。私にも似た経験がある(むろん、書き込みをしたことはない)のだが、学生がレポートやプレゼンテーションをするために書物を調べて、適したテクストとして本書を借りたのだろう。自分が書きたいテーマや主張に近いものを参考にしようとしながら、いざレポートを書き始めると愕然とする。著者が言いたいこと以上のことが思いつかないのである。どう考えても、自分の内奥からなにかを取り出そうとしても何もアウトプットできない部分について、著者の文章を拝借する。こうしたことが背景にあっての鉛筆書きだったのではないだろうか。

 コピー&ペーストのみでレポートを書く行為の横行は学生教育にとって由々しき事態であるが、適切な良書を自分で選び、適切な引用をすることは奨励されるべきだ。そのためにも、研究のあり方や方法、とりわけ先行研究について学生時代には学んでおきたいものだ。いわば、学び方の学び方というメタな学習経験の獲得である。私自身、学部時代には研究については理解していなかったために修士時代に苦労をしたのであるが、高等教育機関において研究活動を経験しないことは実にもったいない。研究活動は、その後の社会人生活においても、物事を考えてアウトプットをする上で極めて有用な示唆を与えるものだからである。

 いささか前書きが長くなった。本書のような研究書を読むと、自身の研究活動を思い返して自省的なモードに入るようだ。

 本書の研究は、ミドル・マネジャーに焦点を当てて、管理者行動について明らかにしようとするものである。分析枠組みは、タスクの特性と管理者行動との関係性によって、業績、職務満足、有能感、成長感、有意義感、職場活性化のタイプ、といった成果変数へと繋がるというものである。

 分析の結果として明らかとなった発見事実はどれも興味深いものである。中でも実務において示唆に富んだものについて以下から四点ほど見ていくこととしたい。

 【発見事実2】 育成の次元が、タスク不確実性との結びつきで他のどの次元よりも強い。不確実性が高くなると、部下を信じて思い切って任せざるをえない。(337頁)

 不確実性が高い状態とは、日々の業務がルーティン的ではなく、求められるタスクの目標や職務行動の変更が激しい状態である。ビジネスを取り巻く環境変化が激しく、職場において働く社員の多様性も拡大する現代の企業においては、不確実性が高い職場が圧倒的であろう。そうした状況化においては、マネジャーが現場を取り仕切って、行うべき行動を事細かに説明し、逐次モニタリングする、という行動は不可能だ。部下にデレゲーションすること。さらには部下を信じた上でデレゲーションを行うことが求められるのである。

 【発見事実9】 事前に予測されていなかったが、信頼蓄積の次元とタスク不確実性との間で業績に対する交互作用効果がみられた。モデリング促進も、それより弱いが交互作用効果があった。高タスク不確実性のもとでより望まれる行動は、信頼蓄積とモデリング促進である。不確実な状況では、リーダーとしてのクレディビリティや管理者のもつノウハウ、自部門や他部門のスター人物からの観察学習が可能となる。(340頁)

 不確実性が高い流動的な職場環境において、信頼の蓄積が業績に影響を与えている事実に着目するべきだろう。【発見事実2】との関係で言えば、部下への積極的なデレゲーションが機能するためにはリーダーへの信頼が蓄積されていることが土台となる。信頼されていないリーダーからの指示であれば、それがいかに組織やメンバー自身の発達にとってためになるものであっても、機能しない。ただし、メンバーの目線に立てば、自身の上司に依存することは必ずしも必要ないことをもこの発見事実は示唆している。部門の枠を超えてロールモデルとなる他者からの観察学習によって自分自身を高めれば良いのである。

 【発見事実12】(一部のみ抜粋) 戦略的課題の提示および革新的試行の次元とタスク依存性との間に(業績に対する)交互作用効果がみられた(342頁)

 本研究の眼目は、決められた業務を決められた手順で行うことをマネジするという旧来のマネジャー像ではなく、新しい変革型のマネジャー像を明らかにした点にある。こうした文脈から捉えれば、本発見事実は至極当たり前の帰結とも言える。すなわち、組織として求められる戦略のカスケーディングを担うミドル・マネジャーは、不確実性の高い職場において日々のトライアルアンドエラー、すなわち革新的試行が求められる。こうして新しい働き方を試みることによって、他チームや他部門とを巻き込みながら仕事を進めることが求められるようになると、部署やステイクホルダーを巻き込んだタスク依存性は高まらざるをえない。【発見事実9】を踏まえれば、タスク依存性が高い状況下においては、上司部下間だけではなく、依存関係にある各メンバーとの信頼蓄積がキーとなるだろう。

 【発見事実16】 育成の次元の効果も信頼蓄積に左右される。つまり、日常的に信頼を蓄積していないと、思い切って部下に任せて育成しようとしても、部下はあまり燃えない。(345頁)

 上司の視点に立てば育成と呼ばれる事象は、メンバーの視点に立てば成長/発達と呼ぶことができる。自身の成長/発達が本人の為にならないことはない。しかし、そのためにはチャレンジがセットで必要となることが多い。そうしたチャレンジングな職務は、通常、直属の上長から任されるものだ。その際に、上司への信頼が蓄積されていないと、上司としてはチャレンジングなデレゲーションと認識されていても、部下からはそのように捉えられない。【発見事実2】から不確実性の高い現代の職場においてリーダーはメンバーに大胆なデレゲーションが求められるが、信頼蓄積が足りない場合にはそれは「丸投げ」にしか見えない。現代における職場の機能不全の病床はこの辺りにあるのではないだろうか。

 こうした発見事実をもとにして、著者は以下のようにポイントを簡潔にまとめている。

 これらの仮説検証のプロセスを通じて判明した最も顕著な発見事実は、管理者行動の効果を左右するモデレータ要因として、タスク不確実性よりもタスク依存性がはるかに重要だということである。ミドルという立場の本質的属性は、タスクを遂行するのに部下だけでなく、上司や他部門にも依存せざるをえないことである。タスク不確実性(タスクを遂行するのに十分な情報をもっていないこと)は、管理者や経営者のおかれた状況を特徴づける。しかし、それはミドル・マネジャーにだけ固有の挑戦課題ではない。依存性対処こそミドルに固有のタスク・コンティンジェンシー要因であることが、本章でわかった。(347頁)

 発見事実をもとにしながら、著者は、旧来のマネジメント像を<表マネジメント>と呼んだ上で、対比的に<裏マネジメント>の重要性を指摘する。詳細は表11−1(360頁)を参照いただきたいが、時代が変われば求められるマネジメントのスタイルも変わる。<表マネジメント>が廃れるわけではないが、マネジャーとしては<裏マネジメント>を意識し重視する必要性が増していることは厳然たる事実であろう。おそらく、最も悲劇的な事象の一つは、マネジャー本人は<裏マネジメント>を意識しているつもりが、部下からは<表マネジメント>にすぎないと映っているケースであろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿