2013年4月20日土曜日

【第149回】『ワークシフト』(L・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社、2012年)


 企業を取り巻く環境が変われば職務や働き方は異なる。あまりにも自明なことであるが、自分自身がそうした変化のただ中にいて変化を自ら起こすことは、安定を求める人間の性の抵抗に合い、自らを変えられないことが多い。本書では、著者自身のこどもたちが働き始める時期を想定して、こどもたちに対して近未来におけるキャリアや働き方の変化についてアドバイスを行うという形式で書かれている。ために決して悲観的すぎず、また楽観的すぎず、一歩引きながらも切実な筆致が読んでいて爽快である。

 近い将来における職業人生を充実させるために、私たちが考え方をシフトさせなければならないものとして著者は三つの固定観念を挙げている。その変化のありようを解説しながら、どのような対応策が考えられるかについて示唆を与えている。

 第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ考え方を問い直すべきだと言う。ブロードバンドが当たり前のネットワーク環境となる近い将来においては「なんでもできる便利な人」は他国の安くて効率的なアウトソーサーに淘汰される可能性が高い。したがって、新しい時代においては大前提として専門技能の習熟に土台を置くキャリア形成が求められる。さらに、土台となる専門技能の周辺領域における「専門技能の連続的習得」を通じて自分自身の価値を絶えず高め続けていくことが必要となる。

 「専門技能の連続的習得」が必要とされることが合理的であっても、それを実現することは容易いことでないのは自明であろう。ではどのような態度で取り組めば良いのか。まず、正解をスマートに導き出して最短距離で身につけられるという旧来のパラダイムから脱却することが先決であろう。その代わりに、様々なことを試し、代替策を考え、厳しい選択を行いながら、自分自身の礎となる土台の周りを広めていくという愚直な発想が必要とされる。さらには、連続的に習得した一連のコンピテンシーのセットを、他者から見て分かり易いようにセルフマーケティングすることも求められるだろう。

 第二に、職業生活とキャリアを成功させる礎が、個人主義および競争原理にあるというステレオタイプにグローバリゼーションを曲解するべきではないとする。グローバリゼーションはネオ・コンサバティヴな思想家や政治家が述べる世界とは異なり、人と人との繋がりや協働といった多様な人的ネットワークの重要性を増大させるだろう。そうした世界においては、チャレンジングなプロジェクトを一緒に推進するためのプロフェッショナルのネットワーク、斬新なアイディアを生み出す源泉と鳴る多様なコミュニティが重要となる。自分の軸をしっかりと持ちながら、多様な他者の軸との結節点を見出して競争から共創へとシフトするのである。

 多様な他者という観点で著者が提示している三種類の関係性を豊かにすることが重要になるだろう。同じ志を持つ少数の互恵的な関係性に基づくネットワーク、知り合いの知り合いまで含めた多様な大人数のネットワーク、長期間にわたる友人関係をはじめとした自己再生のコミュニティである。多様な関係性そのものが即座に自身にとって最適なソリューションをもたらすわけではない。そうではなく、多様な関係性は問題解決のための道筋を多様にすることができるというプロセスへの寄与が大きいことが特徴である。

 第三に、大量消費・高級志向といった物質的な消費活動を是とするライフスタイルに基づく職業人生を問い直すべきであると主張する。こうした考え方から、質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢へとシフトすることを著者は提示している。物事を刹那的に消費することを追求する人生ではなく、情熱的に目の前のことに取り組み続けながら価値を生み出す人生へとの転換が重要なのである。

 なにより未来が予測通りになる保証が全くないことを考えれば、自分が好きなこと、情熱を抱き続けられることを職業やライフスタイルを選ぶことは賢明であろう。このようにキャリアとライフを捉えるとしたら、旧来の単線的なキャリアから、著者の言葉でいうところの「カリヨン・ツリー(組み鐘のタワー)型」のキャリアが適したものとなる。つまり、精力的に仕事に打ち込む期間、留学や研究活動といった学業をメインとする期間、ボランティア活動に注力する期間、私生活を優先させる期間、といったようにジグザグ模様を描きながらキャリアをすすめるのである。著者の考えをさらにすすめるとすれば、こうしたものをゼロサムで捉えるだけではなく、同時に行うという視点を持つことも今後は重要であろう。

 こうした大きなシフトを考えるために適した考え方として著者は「未来はすでに訪れている。ただし、あらゆる場に等しく訪れているわけではない」という警句を挙げている。この言葉を常に意識しておきたい。

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