2013年1月20日日曜日

【第134回】Number820「選択の人間学。」(講談社、2013年)


 『不動心』を読んでから松井秀喜さんに強く関心を抱いていたため、彼の今回の引退に関連するキャリア選択には興味を持っていた。彼の今回の選択についてのエピソードも書かれているとのことだったので、竹富島や石垣島でのんびり読もうと本誌をすぐに購入した。率直に記せば、松井さんに関する記事はあまり引き込まれるものではなかったのであるが、アスリートの決断をテーマにした本号は興味深いものであった。とりわけ印象的であった三人のアスリートに関する記事について感想を記すこととする。

 まずは三浦知良さん、キングカズである。とても共感できる点は高校進学の際の心境である。特待生として入学した高校を中退することになるのであるが、入学した時点でブラジルへのサッカー留学を目標にしていたという。ではなぜ特待生として日本の高校へ入学したのか。その理由として彼は、ブラジルでのビザ申請が許可されるまでの「つなぎ」として高校に入学したのだという。高校生の時点でこうした意思決定ができる点は驚嘆しかないが、俯瞰して考えればキャリア選択という点で私たちにも参考になる。おそらく、彼はブラジルのビザ申請が許可されなかったとしても、日本の高校を経てプロフェッショナルとなったのではないか。すなわち、目標を明確にしつつも、現実的な対応策も打っておくことがキャリア選択においては重要だからである。こうした、こだわりつつも柔軟に選択するという点は示唆に富んでいる。

 次に武豊さん、日本競馬界を長く牽引している現役のジョッキーである。彼の特筆すべき点は、一つのレースに臨む際、パドックで馬に跨がってからゴール後に厩務員に馬を引き渡すまで100回以上の選択を繰り返している、という言葉に尽きる。競走馬に跨がるどころか乗馬体験もないために馬に乗る際の決断については想像の域を出ないが、レースである以上、常に選択を伴うということは分かる。さらにその選択の粒度を細かくすればするほど精度が上がることも推察できる。彼に言わせれば選択の多くは間違いであるそうだ。しかし、選択肢の中に正解が含まれる比率は経験によって高まった、という彼の言葉が重要だ。競馬という非常に短い時間の中で行われる一つひとつの選択は、瞬時に対応する行動へと結びつく。選択と行動を繰り返し、その検証作業を繰り返すことによって選択の精度があがっていく。日頃の職務の中での少しの工夫と検証作業を繰り返すことで、節目におけるキャリア選択の精度が上がる、と置き換えるのは飛躍であろうか。

 三番目は元F1ドライバーで現在はINDY参戦中の佐藤琢磨さん。私が惹かれた点は失敗から学ぶ姿勢である。失敗と一口に言っても、ホワイトカラー・サラリーマンの失敗と、トップ・ドライバーの失敗とでは身体が蒙るダメージのギャップは大きい。一つ間違えば死に至る中でも彼はアタックの可能性があればそこを追い求める。むろん、ダメージのヘッジはしているだろうが、アタックの結果としての失敗によって傷だらけになる。しかし、そうした傷がかさぶたになるたびに、かさぶたの下には着実に分厚い皮膚が形成される、という言葉が逞しい。失敗をどのように糧にするか。否、どのように、ではなく、何としてでも糧にするという強い精神が、私たちのキャリアをすすめることに繋がるのではないだろうか。

 最後に、大谷翔平さんの日ハム入団に至る経緯に関する記事も興味深かったので少しだけ触れたい。メジャーリーグ挑戦表明から日ハム入団への決断に至るまでの彼の行動はともすると否定的に取られているようだ。しかし、彼の考え方としては、メジャー挑戦ということではなくドジャースへの入団ということだったのだという。その理由は、自身の好不調に関わらず高校入学からずっと自分を見てくれて評価し続けてきたのがドジャースのスカウトだったからだそうだ。そうしたスカウトの方への信頼感の結果として、入団の本命をドジャースにし、すなわちメジャー挑戦を表明するというロジックだったのだ。極めて合理的であり、共感できる意思決定であると私は思うし、これは高校生の意思決定なのである。こうした一人ひとりのキャリア選択の背景には複雑かつ深遠なストーリーがあることに私たちは留意し、何か言うときには慎んで発言するべきであろう。

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