2012年11月3日土曜日

【第120回】『ハイ・フライヤー 次世代リーダーの育成法』(M・マッコール、金井壽宏監訳、プレジデント社、2002年)


 後継者育成、次世代リーダー育成、ハイポテンシャル人材開発。様々な表現の違いはありながらも、企業の中長期的な成長を担うリーダーシップを開発することが必要であることに異議を挟む人は少ないだろう。ジャック=ウェルチの次を担うGEのCEO選抜プログラムが注目された2000年前後から、日本企業においても、リーダーシップ開発に対する機運が高まったように思える。企業の中で次世代リーダー育成の企画や運営を担う部門で働く方にとって、本書は理論的なバックボーンを提供する必読書である。

 優れた経営書とは、抽象度の高い理論化がなされながらも、現場への示唆に富んだもののことを指す。しかしそれは他方で、簡潔にまとめることが難しいということにも繋がりがちだ。ポイントを絞り込むことで大事な点が漏れてしまうことを恐れてしまうのである。本書の場合も、本文を読み終えた段階ではこうした不安が頭をよぎった。しかしありがたいことに、監訳者である金井先生が五つの意味合いというかたちであとがきにポイントをまとめてくださっている。私にとっては納得的であると思えるので、この五つのポイントを引用しながら述べていくこととしたい。

(1)人は経営幹部に至るまで、いくつになっても発達するという基本的発想

 次世代リーダー育成やハイポテンシャル人材育成というイシューにおいては、人材の選抜にフォーカスされることが多い。選抜が重要であることに異論を挟むつもりは毛頭ない。しかし、何を基準として選抜するかについての議論がなされなければ、選抜に工夫を凝らしても意味はない。

 選抜基準においては、どうしても過去の実績や職務経歴といった面が重視されてしまう。とりわけ、短期的な成長が求められている昨今においては、直近の実績が必要以上に評価されてしまうというハロー効果がともすれば生じがちだ。しかし、過去のスタティックな経験が将来の中長期的な成長を組織として実現できるかどうかということに合理的な理由はない。環境変化の激しい現代において、その傾向はより顕著になっている。したがって、将来において求められる能力をもとに選抜の基準を作成することが求められるが、将来のビジネスを現時点で透徹することはほぼ不可能だ。そこで、著者が述べている、リーダーシップに関する才能の必要条件は「経験から学ぶべきことを学ぶ能力」という点が鍵となる。経験から学ぶ能力をもとにリーダーシップ人材要件を定義することが、まず最初の一歩となる。

(2)リーダーシップという観点から人を育てるのは、経験だという視点

 リーダーシップ論は特性論、すなわち優れたリーダーが保有する生来の才能の研究から始まった。その結果、生まれついて保有している他者との違いがリーダーシップを形成しているという言説は今でも日本の企業現場では優勢な考えとなっているように思える。たしかに生まれついて持っている才能が有効な影響を与えることはある。しかし、そうした才能を持っているだけで果たしてリーダーシップを発揮できるのであろうか。類い稀な才能を持った方は、それを努力によって磨き続け、時に失敗を繰り返しながらも他者に働きかけ続けることでリーダーシップへと結晶化しているのが現実である。

 たとえば、第一回・第二回のWBCにおけるイチロー選手を思い起こしてほしい。彼のバッティングセンスはおそらくは生来の類い稀な才能に因るところもあろう。しかし、それをパフォーマンスへと結実させたのは、彼が小学生時代に書いたと言われる作文を読めば分かるように、常人から計り知れないほどの努力の量によって裏打ちされている。また、日本代表の他の選手への働きかけも、下手をすればピエロと見られかねないほどのパフォーマンスを、外からは躊躇していないように見えるほど大胆に行っている。そうしたリーダーシップ行動が奏功して戦う集団を創り上げ、見事に二連覇を成し遂げるという結果を出しているのである。労せずして優れたリーダーが生来保有する才能によって生み出されるということは非現実的であろう。

(3)だからといってラインに放置するのではなく、経験を系統立てる方策を追求

 これほどまでに経験が大事であれば、職場における日々の具体的な経験を積ませれば、リーダーシップが開発されるのかというと、そうしたことは起こらない。にも関わらず、経験の重要性を逆手に取って、何も指導せずに放置することを正当化する免罪符としてOJTという言葉がよく使われている。むろん、かつて放置型のOJTが一見して機能したこともたしかであろう。しかし、そうした時代においては、経済が右肩上がりで企業の成長スピードも早かったために、黙っていても手応えがあって挑戦しがいのある仕事が現場には溢れていた。同様にチャレンジングな仕事に燃える他の同僚と切磋琢磨する中であれば、成長しない方が難しかったであろう。

 しかし、時代は変わった。今後そうした状況が生じることを楽観的に想像することは、少なくとも日本社会では現実的ではないだろう。そこで、OJTを系統立てるという発想が必要となる。すなわち、職務設計の自由度を上げる、職務に対するリフレクションの時間を設ける、率直なフィードバックとコーチングをマネジャーが行えるようにする、といった工夫が求められるのである。

(4)ラインのマネジャー、人事部、経営者の役割を、人材開発という面から照射

 選抜された人材の経験をデザインすることの重要性は高い。しかし、それをいかに持続するかというのがこの四つめのポイントである。ここでの鍵は、責任主体はラインのマネジャー、人事部、経営者という三つが共同で担うという点である。

 経営者だけが次期CEOの選抜・育成にコミットしても、結局は掛け声倒れに終わってしまう。経営者が発破をかけて人事部が主導してプログラムを作成しても、現場がブラックボックスになってしまったら、選抜者がハシゴを外されてしまうのが関の山だ。三者が同じ方向性を持って取り組まない限り、貴重なリーダーシップ人材が脱線することを黙って座視することになりかねない。リーダーシップ人材の脱線とはすなわち、近い将来における企業の脱線を意味する。

(5)経験が大事というのを前提に研修の意味を再探索

 職場での経験を重視するこうした考え方を曲解すると、人材育成の場としての研修は無意味であると認識してしまいかねない。しかし、著者によればそれは大いなる誤解であり、著者自身が積極的にリーダーシップ開発の研修をCCL等で提供していた事実がそれを証明している。

 一つには360度フィードバックをはじめとした経験を内省してもらうツールと、それに基づくセッションの提供ということが挙げられるだろう。本書でも挙げられているように、フィードバックという言葉は本来は「出力の一部を入力に返す」という電磁気学の用語である。したがって、いかに他者の介在を少なくし、また余分な情報を削ぎ落して率直なフィードバックを行うか、ということは鍵であり、そうしたものを用いた研修やファシリテーションの有用性は極めて高い。「経験が大事だから」という言い訳をもとに研修を行わないことは、放置型のOJTと同じ穴の狢であることに人材育成を担う身としては肝に銘じたい。

 最後に余談を一つ。仕事において成長を促す経験を構成する主要な要素を著者が調査したところ、障害物という要素が抽出されたそうだ。困難があるほど成長が促進されるということはイメージし易い。この中で「頑固な上司」という点があることは意外であると同時に、理解できる方も多いだろう。上司が自分のやり方に固執して働きづらい、一方的な指示ばかりで分かりづらい、昔の自慢話ばかりする、といった上司にまつわる愚痴は尽きない。しかし著者によれば、こうした特徴を持つ上司は「頑固な上司」に該当することになり、そうした上司の下で働く部下にとっては成長の糧となるようだ。このように考えれば、「頑固な上司」の下で働くということにポジティヴに取り組めるようになる、という側面もあるのかもしれない。

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