2012年9月8日土曜日

【第106回】『CEOを育てる』(ラム・チャラン、ダイヤモンド社、2009年)


 かつて読んだ時と印象が全く異なり、今回、必要性のある中で改めて読んだところ示唆に富んだ良書であった。自分の興味関心に応じて書物へのアプローチは変わるものであるが、見切りをつけるという態度は改めようと思う。

 本書におけるリーダーシップ開発の根幹を為す考え方は徒弟制度モデルである。これは、リーダーシップ開発をスタッフ部門が定期的に行うものではなく、ラインのマネジャーを中心にして業務活動に織り込まれた日常的に行うもの、とする考え方だ。著者がこうした考え方に至った背景には、リーダーは訓練を通じてしか育たないという見方がある。「しか」という言葉にはやや違和感もあるが、決まりきった研修やツールを粛々とこなすことでリーダーが育成されるとする従来型の企業内大学や自社内MBAへのアンチテーゼとしては納得的である。徒弟制度モデルが必要とされる背景には、ビジネス環境変化のスピードの速さ、業務に求められる知識・スキル・態度のセットの更新スピードの速さ、といった外的環境がある。現在のこうした状況を鑑みれば、徒弟制度モデルが求められていることはよく分かる。

 ではなぜラインのマネジャーが中心的な役割を担う必要があるのか。端的に言えば、育成対象者を身近で見ているマネジャーが業務の中で日常的にフィードバックを行うことでリーダー候補は育成されるからである。忙しいラインマネジャーが育成に時間をかけられないという予想される反論に対して、著者は普段の業務の中におけるやり取りの中でフィードバックを行えば良いとしている。つまり、育成と業務マネジメントとは同じ時間軸の中で並行して行えるものであり、むしろ行うべきなのである。こうしたラインマネジャーの行動は、特定のスキルを発揮するというよりは当たり前のこととして慣れるという態度によるところが大きい。月次や四半期のレビューを行う際にフィードバックを与えるようにすれば、お互いにフィードバックに慣れると考えられよう。

 マネジャーとその部下という関係性であるため、育成計画が個別具体的なものとなることは自明であろう。かつ徒弟という言葉のイメージの通り、リーダー候補にとってチャレンジを与えることになるのであるから、失敗する権利を残すことが大事であると著者は述べる。具体的には、自分なりに職務を再定義して高い目標を設定する自由、与えられたメンバーを自分のやり方で率いる自由、事業の短期的ニーズと長期的ニーズとのバランスを決める自由、の三つである。試練という名の責任を与えるのであるから、自由を保証することは必要不可欠である。

 徒弟制度モデルではラインマネジャーを「中心にして」育成すると述べた。つまり、リーダー育成をラインマネジャーのみに押し付けるということではないのである。ラインマネジャーは対象となるリーダー候補に関する育成計画を、彼(女)の業務を知る社内のステイクホルダーを集めて育成計画について適宜話し合うことが必要である。リーダー候補の評価を是か非かで決めるのではなく、ステイクホルダー同士の対話により多様なアセスメントを行い、その後の育成計画の更新へと繋げることが有用である。

 こうしたリーダーシップ開発のあり方の中では、人事部門の役割もまた変化するべきである。ともすれば研修やツールを用意するのみで結果にはコミットしない従来の役割とは異なり、ラインマネジャーが行うリーダー育成をデザインしたりサポートするという役割を担うことになる。これはなにもリーダーシップ開発における人事部門の重要性が減衰しているわけではないことには留意したい。自社にとってあるべきリーダーシップ開発について、最新の知見を集めて分析し、ラインマネジャーやCEOによる徒弟制度のより効果的な運用の改善を行うことが人事の役割である。

 ここまでは会社のしくみとしての徒弟制度モデルについて触れてきた。企業の中でこうしたしくみがあることは望ましいが、なければリーダーを育てられないというわけではない。「おわりに」で著者が述べているように、能力開発は自分自身の問題であり、個々のリーダーが徒弟制度モデルを取り入れることは自由である。さらに著者の考え方を進めれば、リーダーシップを発揮したい部下の側が、上司や斜め上の上司に対して徒弟制度モデルを用いてもらうように依頼する、ということも考えられる。リーダーシップが他者との相互作用である以上、部下側のこうしたプロアクティヴな行動こそ自身でリーダーシップを発揮する第一歩となるのではなかろうか。

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