2012年9月17日月曜日

【第109回】『U理論』(C・オットー・シャーマー、英治出版、2010年)


 U理論とはイノベーションを促すプロセスを理論化したものである。細かなプロセスを知りたい方には本書の膨大な著述(本書は約600頁の大部である)をお読みいただくとして、Uプロセスの大きな動きである観察、内省、行動、に絞って述べる。

 観察については、アップルにおけるジョブズと、彼が復帰する前の混迷の時期におけるCEOとを対比する、というイメージし易い例示がなされている。イノベーションを促すU理論における観察とは、ジョブズ以前のCEOが行ったような表面的な現象を認知してコスト削減や品質改善を行うことではない。ジョブズが行ったように、現象を徹底的に観察した上でそこから距離を置いて新たな着想を得ることでiPod、iPhone、iPadを創造したのである。

 このように考えれば、観察のプロセスにおいて過度に外部の機関に委ねることのリスクが見えてくる。企業の内部および取り巻く外部環境が複雑であればあるほど、状況の文脈に直接触れ続けるためには外部に委託せず、インハウスでイノベーションを促進することが求められる。プロであるコンサルティングファームであれども、社内の状況の文脈までを把握することには限界があるために、外部の知恵を活用する場合においてはいかに協働するかが鍵となる。

 そのためには、社内におけるリーダーのありようもこれまでと異なることになる。従来のリーダーの役割として、ビジョンや方向性を示すことが挙げられてきた。その重要性はこれからも変わらないであろうが、著者によれば、それと同等かそれ以上に個人の組織の「観る」能力を高めることがこれからのリーダーには求められる。つまり、企業における個々の社員が、自分自身が直面している現状を深く観察し、自らがその文脈においてどのよな役割を演じているのかを理解できるようにすることがリーダーシップには求められるのである。

 深い観察の結果としてなにが起こるのか。U理論ではプレゼンシングという、presenceとsensingとを合わせた著者の造語で形容される。著者が述べるように、川には単一の起点があるわけではないが、多様な源がやがて川として出現する。この様からプレゼンシングをイメージできるであろうし、イノベーションもまた同じであるとされる。多様な源を把握し、それぞれがどのように作用して一つのアイディアになるかを感じ取り、それをぼんやりとした形へと結実させることがプレゼンシングの能力なのである。

 深い内省の結果としてプレゼンシングしたものをどのように行動に繋げるか。本書では個人レベルのものとグループレベルのものとが挙げられている。

 まず個人としては、新たに出現したものを受け容れるためには、古いものを捨てる必要性が主張されている。従来の製品やサービスには、それに合わせて従来の波長の合わせ方がある。従来の波長の合わせ方を持ち続けていると、出現しつつある新しいイノベーションをセンスし続けることができずに、最終的な製品やサービスへと結実できない。したがって、古いものの見方や行動をいったん捨てて、新たなイノベーションに対してアジャストすることが必要なのである。

 グループのレベルでは、個人の着想をグループに提示する際に、あえて不完全な絵姿を示すことが有用である。つまり、空白部分を多く設けたものをグループに示すことで、他のメンバーがその空白を埋めるように新たなアイディアを出すことになる。その過程で、一人のアイディアから全体としてのアイディアになり、一人のリーダーが引っ張る状態から自身の役割を主体的に意識する複数のリーダーが協働する状態へと変容する。

 U理論は、それを経験しなければ実感することは難しいが、未経験であってもUのプロセスを経る際のありように関する著者の示唆が参考になる。Uの字の左側を降りるときには、オープンになり、これまでの自身の思考と感情と意志の抵抗に取り組むことが大事である。他方で、右側のUの字を昇る際には、頭と心と手からなる知性を、実践的な状況の中で意識的に再統合することが重要である。

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