2012年9月30日日曜日

【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)


 企業における人材育成とはなにか。本書ではダグラス・ホールの定義を援用し「企業が戦略目的達成のために必要なスキル、能力、コンピテンシーを同定し、これらの獲得のために従業員が学習するプロセスを促進・支援することで、人材を経営に計画的に供給するための活動と仕組み」としている。

 経営の文脈における人材育成の取り組みとして、組織社会化、経験学習、職場学習、組織再社会化、越境学習という五つの観点から示唆が述べられている。それぞれ、著者が単独もしくは共同で研究した知見に基づいて記述が為されている学術書である。

 組織社会化については、日本では新卒入社社員の組織社会化が主な研究となるのが特徴的である。OJT指導員がどのように関与すると新卒入社社員の能力向上が促されるのか。著者の共同研究によれば、指導員が自身だけではなく周囲の協力を得ながらOJTを進めることが重要性だそうだ。これは興味深い事実である。その理由として、新卒入社社員が疑問に思ったり不安に思ったりしたらすぐに質問をできること、指導員以外の多様な先輩社員の多様な働き方から学ぶ機会が増えること、が挙げられている。指導員は、自身が教育担当ということでプレッシャーを過度に感じて後輩指導に自信をなくしてしまうことがある。このリスクを軽減するためにも、指導員が周囲を巻き込みながら新卒入社社員の教育を担うことができるようにすることが必要であろう。

 次に、経験学習のプロセスとして、具体的経験、内省的観察、抽象的概念化、能動的実験の四つがサイクルとして挙げられている。著者の共同研究によれば、年次によって、それぞれのプロセスと能力向上との関係性に差異が見られたという。すなわち、社会人経験が浅い時点においては、具体的経験を積むことが能力向上に有意な影響をもたらすのに対して、経験がある程度の段階に進むと四つのプロセスをバランスよく担うことが能力向上に影響を及ぼすそうだ。職務の経験から学ぶと一言で言っても、経験の程度によって何が大事かという観点が異なることは留意しておくべきである。

 続けて職場学習について。現場のマネジャーは部下育成に取り組むというよりも、職場における互酬性規範をいかに高め、育成されることが特に必要な層を多様な先輩によって育成するという風土を築くことの重要性が指摘されている。これは組織社会化において上述したことと関連することであり、納得的である。さらには、業績達成に対するプレッシャーが大きい現代の職場環境であるからこそ、パフォーマンスレベルの低い人材に対してもチャレンジさせて育成を行うことが指摘されていることも見逃せない。部下育成と部門の目標達成とはどちらも両立させるべきものなのである。

 組織再社会化においては、中途入社者に対する体系的かつ戦略的な支援の必要性が述べられている。中途入社者は特定の職務のパフォーマンスが認められたために入社することになることがほとんどであろうが、企業独特の職務の遂行方法や、仕事を前に進めるために協働する他者との人脈がない中では、自身のパフォーマンスを存分に発揮することは難しい。当たり前のこととはいえ、新卒入社がメインで中途入社がサブとして機能してきた日本企業の採用活動においては、中途入社社員への教育という観点が抜けがちではなかろうか。企業にとっても中途入社社員にとっても、改めて、すぐに戦力化するための教育施策を検討することが重要である。

 最後に越境学習という新しいテーマにおいても重要な示唆が述べられている。これまでの日本企業におけるマジョリティーから、社外の勉強会や情報交換会に赴く人材は冷たい目で見られがちであった。しかし、本書では、越境学習を行う動機を因子分析した上で、そこで見出された四つの因子をクラスター分析し、四つのクラスターを抽出した上でそれぞれの比較を行っている。その結果として、キャリアや成長志向を持つクラスターが能力向上に有意な影響を持っているそうだ。さらには、このクラスターにおける組織コミットメントが最も高いという点も注目である。特に目的意識もなく他者に言われて「お勉強」するクラスターの能力向上がなされないことは自明であるが、勉強会に行かずにひたすら仕事に取り組むクラスターよりも、上記のクラスターの能力向上や組織コミットメントが高い事実はよく頭に入れておくべきであろう。

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