2012年8月4日土曜日

【第94回】『医薬品メーカー勝ち残りの競争戦略』(伊藤邦雄、日本経済新聞出版社、2010年)


 ここ数年の医薬品メーカーのビジネスについて学ぶ上でこれほど適した書籍は他にないかもしれない。とりわけ、私の興味関心に合った部分を中心にまとめてみたい。

 まず医薬品の価格の決定プロセスについて。よく知られているように、医薬品メーカーは日本市場において自由に価格を設定することはできない。薬価はだいたい二年ごとに改定されることになり、「改定」とはすなわち安価になるということを意味する。本書によれば、薬価の下落率に最も大きな影響を与えるものは、医薬品の市場実勢価格であり、換言すれば卸が小売へ販売する納入価格が影響を与える。したがって、納入価格をいかに下げずに薬価との乖離率を小さくするか、がメーカーにとってのポイントとなる。

 しかし、ここで大事な点としては、メーカーは直接的に小売と価格交渉を行うことができない点である。納入価格は、卸と小売とが交渉することで決定されるのである。こうなると、メーカーとしては間接的に納入価格に影響を与えることしかできない。どうするか。卸への販売価格である仕切価格を高く設定するために、納入価格を高くするインセンティヴを卸に与えることが重要となる。つまり、リベートによって仕切価格と納入価格とのいわば売買「差損」をメーカーが補填するということになるのである。

 その結果として、メーカーは卸との関係性を良好に保つことが重要となる。その一つの方法として、メーカーが卸に資本を注入するという手段が出てくる。実際、大手卸の大株主には新薬メーカーの名前がずらりと並んでいる。こうなると、資本関係のないGEメーカーとしては卸を効果的に利用することが難しくなる。そのため、GEメーカーは以前、卸を利用せずに独自の販売網を築くことを行ってきたのである。

 ところがここ十年弱の間に、GEメーカーは卸との関係性は良い方向に変わりつつある。端的に言えば、卸の側にGEメーカーから薬品を購入する誘因ができたからである。それは、多くの病院で経営が悪化しているために、病院から卸への価格プレッシャーが強く、卸が利益を確保するためには少しでも安い薬価で変えるGEメーカーに頼らざるを得なくなっているからと著者はしている。驚くことに、約70%もの病院が赤字に陥っているというから、事態は逼迫している。

 現実的には2003年に政府が導入したDPC(診断群分類別包括評価)という医療費の支払に関する制度がGE普及を後押ししていると言える。これは、診療行為ごとに実際に掛かった費用に応じて診療報酬額を計算していた従来の方式から、診療行為に応じて分類点数をもとに固定額を支払う方式への変更を生じるものであった。したがって、同じような効用の薬品を用いる場合には、薬価の安いGEを用いる方が、病院にとってはメリットがあるという方式であることは自明であろう。実際にDPC対象病院においてはGEの導入が進んでいることが厚労省の2009年のデータからも見て取れる。

 こうした追い風要因がある中で、GEメーカーにとっての死角はないのか。それが病院とともに重要な小売のアクターである薬局である。つまり、多くの薬剤師がGEを積極的に扱いたがらない現実がまだ存在するのである。少し考えれば想像がつくが、患者の健康や疾病に大きな影響を与える薬品を扱う薬剤師にとっては、自身が詳しくないものを扱うことはためらうのである。患者への説明に労するコストや、限られた在庫スペースに新たな品目を置くことに躊躇する薬剤師の心理的な不安は想像にかたくない。

 しかし、そうした不安への解消はMRの営業努力によって軽減することが可能であろう。薬剤師の不安を取り除くまで薬効を説明すること、どのようにストックすれば効率的に在庫を管理できるかの提案、といったことは提案営業であれば当たり前のことである。GE普及に向けての一つの重要なキーはMRの営業力向上、と言えるのではないだろうか。

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