2012年1月22日日曜日

【第66回】『「経験学習」入門』(松尾睦、ダイヤモンド社、2011年)

 経験から学ぶためにはコルブの経験学習サイクルを回すことが重要であるとこれまで言われてきたが、筆者はそれだけでは足りないと本書で述べる。実践をもとに学びを深めるためには、エリクソンらの「よく考えられた実践」の要素を盛り込むことが必要なのである。経験学習サイクルとよく考えられた実践とを組み合わせている点が、本書の新規性であると考える。


 このサイクルを回すための能力として、ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントの三つが必要であると研究の結果として筆者は主張する。


 ストレッチとは「問題意識を持って高い目標や新たな課題に取り組む姿勢」と定義されている。ストレッチングな業務にチャレンジするといっても、個人の思い通りにはならないのが通常である。業務上の目標や役割は上司が、すなわち企業が与えるという要素が強いことは自明であろう。そのため筆者は、ストレッチ経験を提供してもらえる状況をつくれるようにすることが働く個人にとって大事であると述べる。つまり、こいつなら任せても大丈夫であろうと思われるように働くということである。


 そのためにはどうするか。あまり面白くない表現になるが、目の前の仕事に集中し、質の高い結果を出し続けることで他者から信頼される、ということが必要になる。よく「石の上にも三年」といってどんな業務であっても入社後三年間は辞めないことが推奨される。入社直後に周囲から認められることは難しいため、一定の年月をかけて周囲からの信頼を勝ち取ることでストレッチングな業務を任される土台を構築することができるのである。これは個人がストレッチングな業務を取りにいく準備を取るための期間とも言えるであろう。下積みの業務を経験することで仕事の感覚、換言すれば感度を高めるということである。


 ストレッチ経験をするだけでは経験から学ぶことにはならない。そのためには「起こった事象や自身の行為を内省すること、すなわち振り返ること」と定義されるリフレクションが必要不可欠であろう。振り返りであれば業務の後に行っていると思うかもしれない。しかし、筆者は業務を行っている最中のリフレクションをしなければ、業務の後にリフレクションを試みてもあまり意味がないと大変興味深い主張をする。つまり、行為中のリフレクションが行為後のリフレクションの質を規定する、というわけである。業務を回す際にPDCAサイクルをよく想定するが、そこにおけるDoはただ単に業務を行うと捉えられがちである。しかし筆者によれば、業務を行っている最中にも、仕事の意味や背景について常に疑問を持ち、手を動かしながらも考えることが重要なのである。卑近な例で恐縮であるが、私が尊敬するビジネスパーソンは共通してこの点を実践している。幅広い視点で職務を捉え、自身の役職よりも一段階か二段階上の視点で職務の意義を捉えているように思えるため、筆者のこの主張はとても腑に落ちた。


 さらに、リフレクションにおいては他者という要素もまた重要である。筆者が主張するには、効果的なリフレクションにおいてはとりわけ社外の人々との交流が大事であるという。社内の同僚を鏡にしてのリフレクションもたしかに大事であろうが、同僚とは利害関係が強すぎて客観的にリフレクションを試みることが難しいのであろう。それに対して、社外の人であれば、現在所属する企業の現時点での職務に過剰にアジャストしすぎている部分をアンラーニングするきっかけになる。その際には、何もかもをアンラーニングする必要はない。他者からのフィードバックについてオープンマインドで受け容れることは重要であるが、そこから何を取り入れるべきかを取捨選択するという主体的な作用が必要なのである。つまりリフレクションとは、受身的で過去に対する反省というニュアンスよりも、主体的でこれからの自身の業務をより良くするという未来志向的なニュアンスの方が適しているのである。


 ストレッチとリフレクションは大事であるが、それだけでは経験から学ぶサイクルはつらいものになってしまうだろう。そこで筆者が述べる三つめの要素はエンジョイメントである。これは「仕事自体に関心を持ち、やりがいや面白さを感じることで意欲が高まっている状態、および仕事をやりきることで達成感や成長感を感じている状態」と定義されている。ではどうすれば業務の中でやりがいや面白さを感じることができるのか。筆者は関心があるからこそ没頭できることもあれば、没頭することで関心が深まることがある、と述べる。没頭して仕事に取り組む際には、その職務が自分にとってどのような意味を持っているのかについて考えると良いだろう。職務自体には真剣に取り組んでいるのであるから、自己にとってのメリットを考えることはなにも利己的なことではない。


 もし、現時点でのメリットを考えられないとしても、もう少し視点を先に延ばして長期的な意味合いを考えると良いだろう。とりわけ、入社した直後には仕事の意味合いを見つけづらいものであるが、それは仕事を「知らない」からであり、そうしたときの価値判断はあまり正しいものではない。即効的な喜びや楽しさを過度に期待せず、長期的にどういった意義があるかを考え続けることが経験学習においては大事なのである。さらに言えば、そうした長期的な視点で喜びや楽しさを持とうとする方が、精神衛生上も良いと言えるだろう。


 ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントを促進するものが、思いとつながりである。他者とつながりを持ち、自身の思いを実現するためにはどうするか。著者は、成長したいという学習目標を持つ人ほど学習意欲、業績、創造性が高い、という研究成果を挙げて、学習目標を持つことの重要性を指摘している。学ぶだけでそれを職務に適用しない場合は単なる頭でっかちになってしまうが、学ばないで職務に取り組むだけではいつまでも成長せずに業務をこなすだけになってしまう。生涯を通じて学び続け、そこで得たものを職務に工夫して応用することが経験から学ぶということであり、なによりも、仕事をたのしむ作法なのではないだろうか。

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