2011年5月7日土曜日

【第24回】『大局観』(羽生善治著、角川書店、2011年)

著者の本をこれまでも好んで読んできた。二十歳前から将棋界の第一人者として活躍する傍ら、将棋だけに邁進するのではなく異分野のプロフェッショナルと盛んに交流をはかる姿勢には棋界を引っ張ろうという気概を感じる。むろん、著者は棋界に対する意識からこうしたことをしているわけではないだろう。異分野の人々との対話から深く内省し、新たな知見を紡ぎ出しているのだろう。

これまでの書籍も刺激的であったが、本書もまた、示唆に富む良書であった。とりわけ、勝負勘や人生観、対人関係といった領域に関して刺激を受けたことについて記してみたい。

第一に、勝負において著者は本書のタイトルにもなっている大局観を重視している。大局観を使う上では、将棋における終局の場面を想起することが大事であるそうだ。「詰み」の場面から逆算する発想を重視し、その逆算の際に読みや直感を大事にする、というアプローチを取るのである。

将棋を指す際には、現在の局面をもとにして数手先を読むということを考えてしまいがちだ。少なくとも私にとってはそうであり、これが素人の発想ということなのだろう。卑近な例で恐縮であるが、これは麻雀を考えれば理解し易い。現在の自分の手や河から今後の局面を想像することはもちろん大事であるが、それ以前に、自分の手が出来上がった状態から現在の打ち手を逆算するのはセオリーである。他者との駆け引きが求められるゼロサムゲームにおいては、逆算と積み上げを用いた戦略的思考が求められるということであろう。

第二に、人生観についてはラッキーに関する記述が興味深い。いつもラッキーなことに恵まれているという人は外発的な偶然性に委ねているのではなく、内発的な必然性を創り出してラッキーを活用できるようにしている、というのである。つまり、どのような状況になっても対応できるように常に準備をする、ということであろう。

ラッキーについて態度や精神論でうやむやな議論をする自己啓発本をするものが多い。それに対して、著者が述べていることは、イチローが大事にする準備に通ずるものであり、クランボルツ教授のPlanned Happenstance Theory を髣髴とさせる至言であるのではないか。プロフェッショナルや研究者が異口同音にいうことには深みと重みが感じられる。

最後に、ビジネスにおける対人関係を想起させる部分があった。コーチングにおいて、教わる側が教える側に対して積極的に質問をすることが大事である、というのである。質問や傾聴といった教える側の知識やスキルばかりに目が行きがちであるが、コーチングにおいては教わる側の言動もまた重要である。

この話は最近、ある方と話していて「援助を受ける力が初期キャリアの人々には重要」という指摘を受けたのであるが、上記の部分を読んでそのことを思い返した。忙しいミドル・マネジャーに管理職研修やコーチング研修と称した負荷を掛けすぎるのではなく、マネジメントを受ける側に対する「援助を受ける力」の強化を行なうことが、ビジネスの現場で求められているのではないだろうか。

<参考文献>
『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』ぴあ、2005
J.D.Krumboltz, Luck is no accident 2nd edition, Impact Publishers, 2010





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