2011年4月3日日曜日

【第19回】『ザッポス伝説』(トニー・シェイ著、ダイヤモンド社、2010年)

偉大なリーダーが世の中にはいるものだ。

ザッポスCEOのトニー・シェイが自ら著した本書には、バリューや経営戦略の真髄が至るところに現れている。実務家の生の声がこれほど経営学のフォーマル・セオリーに結びついている書籍はあまりない。コア・バリューと経営戦略との整合性がザッポスの強みであるが、そのバリューを成り立たせているのはザッポスに至るまでの著者の半生にあるのではないか。

著者は幼少の頃から儲けることが好きで事業を立ち上げていたと述懐している。ハーバードを卒業した後に創業した企業の売却によって巨万の富を得ることで、生まれてから追い続けてきた「儲ける」という目標を十二分に達成したわけである。

しかし、目標達成の直後に違和感をおぼえ、立ち止まり、深く内省する。著者は「幸せを感じた時のリスト」を作成し、そうして列挙されたリストにお金が伴っていないことに気づく。そして、優れた組織を創り上げることに焦点を当て始める。

優れた組織を創り上げる背景には、組織論と戦略論とが関連する。「組織は戦略に従う」と喝破したのはチャンドラーであり、反対に、「戦略は組織に従う」としたのはアンゾフである。つまりは組織論と戦略論とは相補関係にある。著者がザッポスにおいて成功した理由も、その二つにあることが本書では示唆されている。

まず組織論について。著者は良い企業文化を築き上げることが組織として利益を上げるための源泉であると述べている。そして、企業文化を創造するために、コア・バリューを全社員とのコミュニケーションを通じて設定したというのだから驚きである。対話を通じた理念浸透という文脈においてはリクルート社のデンソーにおける取り組みを髣髴とさせる。

そして、全社員が自分のものとして共有するコア・バリューをもとにして求められる人材像を定義している。著者自身も参考にしたと述べているが、『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』で言うところの「だれをバスに乗せるか」という話である。つまり、適切な人材に入社してもらう、ということである。採用および入社後の教育へのカスケーディングも見事であり、自社にとってなにが大事なのか、という視点が徹底して追求されている。

次に戦略論の視点で述べれば、各戦略アイテムの間における整合性が取れており、美しさすら感じる。一橋大学の楠木建さんの言葉を借りれば、ザッポスの経営戦略は一つの美しいストーリーとして織り成されているとも言えるだろう。

具体例を挙げよう。ザッポスではコール・センターを自社で持つだけでなく、それを自社のビジネスの根幹を為すものとして位置づけている。それだけではない。多くの企業ではコール・センターで働くオペレーターの通話の効率性を重んじ、いかに短時間で、いかにアップ・セルを掛けられるかを業績指標に設定しているのに対して、著者はそうした方法を明確に否定している。問い合わせの電話を顧客の真のニーズを探る最適な機会と捉えているため、マニュアル原稿は設けず、対応時間を意図的に気にしないしくみを整えているのである。つまり、ザッポスにおいてコール・センターはアフター・セールスとしての機能だけではなく、マーケティングや物流としての機能をも担っているのである。

もちろん、ザッポスでうまく機能しているからといっても、どの会社でも同じようにコール・センターを運営すれば良いわけではない。楠木さんが書いているように、自社のビジネス領域と戦略との適合性を考えずに他社の戦略をベンチマークと称して猿真似することは「自殺」行為なのである。あくまで起点となるのは自社の理念、戦略、そしてあるべき組織像である。

このように環境変化に合わせて戦略と組織との整合性を取り続けていることがザッポスの強みであると考える。その強みは著者だけに拠るものでないことはもちろんである。しかし、成功のための大きな一石を投じたのは著者にあり、そこに彼のリーダーシップを見出せる。

リーダーシップ教育を行なうNPOの代表を務める野田智義さんは、神戸大学の金井壽宏さんとの対談の中で「リーダーを目指してリーダーになった人はいない」と言う。ザッポスに至るまでの著者にも人を束ねるという記述は見られず、いかに自身が儲けるかという自分視点の述懐ばかりである。

しかし、そうした過去の内省を踏まえてザッポスにおいてはバリューを大事にし、顧客や社会への貢献に取り組んだ。そうすることで社員もまた熱狂的に働くようになった。これは同じ想いを組織全体で共有している状態であり、いわばリーダーとフォロワーとの相互依存関係であると言えるだろう。野田さんの言葉で言えば「リーダーシップの共振現象」が起きていると指摘できる。

本書は読み物として面白いばかりでなく、組織論、戦略論、そしてリーダーシップを考える優れた教材であると言えるだろう。

<参考文献>
リクルート HCソリューショングループ『感じるマネジメント』英治出版、2007
ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則』日経BP社、2001
楠木建『ストーリーとしての競争戦略』東洋経済新報社、2010
野田智義・金井壽宏『リーダーシップの旅』光文社、2007









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